つげ義春と風まかせの旅へーー名著『つげ義春流れ雲旅』に記録された、60~70年代の日本の風景

『つげ義春流れ雲旅』レビュー

 1960年代から70年代にかけて、三人の男が日本各地を旅した。メンバーは、漫画家のつげ義春、詩人・俳人・紀行作家の大崎紀夫、写真家の北井一夫の三人である。「アサヒグラフ」に掲載された、つげの義春イラスト、大崎紀夫の文章、北井一夫の写真による、三位一体の旅の記録は、1971年に朝日ソノラマから『つげ義春流れ雲旅』のタイトルで一冊にまとまっている。本書は、その朝日ソノラマ版に、「アサヒグラフ」と「グラフィケーション」に掲載されたまま未収録になっていた旅の記録、さらに旅の座談会や大崎紀夫がつげ義春について書いた文章なども加えた完全版なのである。今になって、このような本が出版されたのは、やはりつげ義春の力であろうか。

 2020年に、アングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受賞し、あらためて注目されたつげ義春だが、独特の世界を描いた作品の評価は、昔から高かった。朝日ソノラマ版のタイトルを見ても、当時からつげ義春の名前が、一定の訴求力を持っていたことが分かる。だから、つげ義春のイラストをメインの目的として、本書を購入する人が多いことだろう。

 実際、つげ義春のイラストは魅力的だ。緻密な風景の中にいる簡素(に見える)な人物。かつてあった日本と日本人が、見事に捉えられているのである。なお、表紙にも使われている「北陸雪中旅」のイラストは、有名な「李さん一家」のラストシーン(多くの漫画家がパロディ化している)を想起させ、懐かしい気持ちになった。まさに、つげ義春ファン必携の一冊なのだ。

 だが本書の真価は、イラスト、文章、写真のアンサンブルにある。つげ義春の写真も使われているが、やはり北井一夫の写真が凄い。なかでも「篠栗札所日暮れ旅」で、〈お滝かかり〉をしている若い女性を写した一枚は、目を離せないインパクトがある。60~70年代の日本の田舎の風景も、実際に見たこともないにもかかわらず、ノスタルジーを感じずにはいられない。私たちの心の裡にある、幻想としてのノスタルジーを刺激してくれるのだ。それにしても当時の日本人、いい顔をしている。

 一方、大崎紀夫の文章を読むと、三人の旅が、本当に無目的であることが理解できる。とにかく日本の田舎を、フラフラと放浪しているのだ。空行く雲や流れる水のように、物事に執着せず、自然の流れに任せて行動することを「行雲流水」という。彼らの旅は、そのようなものであった。でもこれが、メチャクチャ楽しそう。適当に行動し、出会った人と話をして、さらりと別れる。それだけの旅なのだが、いまとなっては貴重な記録となっている。

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