松井久子が語る、歳月を重ねることで得られる豊かさ 「人生経験を積んできたからこそ、“最後のひと”とも出会えた」

松井久子が語る『最後のひと』との関係

 デビュー作『疼くひと』から約2年、新作『最後のひと』を上梓した松井久子さん。テレビドラマのプロデューサー、映画監督などとして活躍してきた松井さんが70代で小説家デビュー、高齢者のリアルな性愛が鮮烈だった『疼くひと』が好評で、『最後のひと』はその続編となる。前作で年下の男と恋をした主人公・唐沢燿子が75歳になって、今度は86歳の男性と恋愛する。「嵩張る(かさばる)女」であることに神経を使ってきた燿子と「擬制の結婚」という概念を自らに真摯に問う学者・仙崎理一郎が出会い、自分たちを縛ってきたものを乗り越えて、なお輝いてゆく。恋愛を通して、歳月を重ねたからこその豊かな可能性を小説化する松井さんの原動力、それは実体験だった。(木俣冬)

日々、未体験を味わっているという実感がある

松井久子『最後のひと』(中央公論新社)

――第2作の発売おめでとうございます。『最後のひと』はいつから書き始めていたのでしょうか。

松井:『疼くひと』が21年の2月に出て、その年の終わりぐらいから構想を練り始めました。75歳の主人公が86歳の男性と恋愛する物語は、76歳で89歳になる方と結婚した自分の人生とほぼ同時進行で書くことになったんです。

――松井さんの実人生と小説を重ねてお話を聞いてもよろしいですか。

松井:実際に結婚をした今、作品と実人生は分けて読んでほしいと願うのは不自然よね(笑)。『最後のひと』は、自分が経験した稀有な体験を作品化してみたいと思ったことが発端なので、それはもう逃げも隠れもせずお話します(笑)。

――70代と80代の結婚が事実であることが、この作品においては読む者を力づけると思います。

松井:実際にあったことだから説得力があるかな? ただ、小説では75歳と86歳で、実際は76歳と89歳ですが。私が小説で書きたいテーマは『老い』なんですね。とりわけ老いとラブや老いとセクシャリティ。『疼くひと』のときも話しましたが、調べると、老いの性愛をテーマにした小説で代表的な谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』の主人公はずいぶん年寄りの気がしたけど、まだ70代ですよ。『鍵』の主人公の夫も56歳だし。ところが今や、人生100年時代、120年時代と言われていますから、昔の文学を紐解いてみてもあまり参考にならないの。私のように夫が89歳、私は76歳というような小説は過去に類を見ないんです。自分の体験することが未知のことだからこそおもしろいと思って書きました。

――未知の経験だからこそ小説の題材になり得るということですね。

松井:今、私は日々、未体験を味わっているという実感があって、おもしろいし、老いとはそんなに悲惨なものではないと感じています。世の中に出回っている、老いのイメージは悲観的なことが多いと思いませんか? 老いたら、幸せを追い求めず、ひっそりと生きていくもののようにカテゴライズされがちですが、実際自分が高齢者と言われる年齢になってみると、そんなことは決してないんです。そういう思いからまず『疼くひと』を書きました。そのときは、どれだけ世の中に受け入れられるか未知数だったけれども、おかげさまでたくさん売れて、いただいた読者のお手紙のなかにも実際に老いて恋愛をしている人たちもたくさんいたんです。現実社会の中では『疼くひと』は決して先を行っている話ではなくて、世の中の高齢者は皆さん、がんばっているのだなという印象を持ちました。

松井久子『疼くひと』(中央公論新社)

――『疼くひと』についてリアルサウンドで取材したとき、タイトルがちょっと気恥ずかしくて、ほんとうは『鍵を開ける』など文学的なタイトルにしたかったとおっしゃっていました。『最後のひと』は松井さんの案ですか。

松井:そうです。最初から「次は『最後のひと』です」と担当編集者に宣言して書き始めました。

――とても印象的なタイトルです。

松井:若い方々には「“最後のひと”なんていう発想すらしたことがなかった」と言われました。そこでハッと気がついたのは、私はずいぶん早い頃から「この人が最後のひとだ」と思う人との出会いを求めていたということです。33歳で一度目の結婚に失敗したときからずっと「最後のひとと出会いたい」と願っていたんですね。ところがそれ以降は、仕事が自分の中心になって、恋愛しても仕事の邪魔にならないような恋を選んでいたような気がします。でも、いつも心の一番底のところでは“最後のひと”を求めていたんだなと。

――野暮だと思うのですが、作品のどの辺りがフィクションで……。

松井:野暮だとわかりながらなぜ聞くの(笑)。自分の中でもそれほど「ここからは事実、ここからフィクション」とはあまり考えていなくて。求めていることはより普遍的なものです。例えば、夫とやり取りした言葉でも「これは普遍性があるな」と思えば採用しています。過去の文学作品を紐解いても、創作と謳ってあってもどこかしら事実や実体験に基づいていて、そこに真実を見い出そうとする作家は多いと思います。だからといって、最初から最後までまるまる事実通りでは日記でしかない。事実と創作のせめぎ合いが書く楽しみであることを『疼くひと』を書いて知ってしまった気がして。でもそれは今にはじまったことではなくて、私が監督した映画『折り梅』の原作は、トゥルーストーリーでした。主人公のモデルになった方の介護日誌を読んだうえで、認知症の介護の現場を訪ねて取材してフィクションとして脚本にしています。あるいは、イサム・ノグチの母親の人生を映画化した『レオニー』も事実を元にフィクションのシナリオを書きました。それが私の表現の基本だと思っています。


――主人公の燿子は物語の中で、一時期仕事に力を入れて恋愛や結婚から遠ざかっています。そこに「嵩張る女が出来上がった」という言葉があり、「嵩張る」という表現がおもしろく感じました。

松井:“嵩張る女”は、私の実体験よ(笑)。「嵩張る女にならないように、ならないように」気を使って生きてきました。常に、「ああ、この人から見て私、嵩張って見えるだろうな」と、ことさら気にし過ぎてきたかもしれないんですね。それが私たち世代(松井さんは1946年生まれ)の持つ、ある種のトラウマなの。今の若い世代は、「自分は自分よ」と思って生きていいとされているけれど、私の若い頃の女性はそうではなかった。私は嵩張ることを、小学生の頃から気にしていたかもしれません。小学校では学級委員長、中高では生徒会の副会長……とそういう場所に身をおいていると、「なんか嵩張っているんだろうな」ということを気にしていたのよ。映画監督になったときが、究極的に嵩張っちゃった時代です(笑)。私がちょっと普通の人よりも生命力がありすぎるのかもしれないけれど……。

――松井さんや燿子に限ったことではなく、女性が自由にやりたいことをやろうとすると嵩張ると思われてしまうことが問題ですよね。

松井:そう、男から見たらもちろん、同性にも「ちょっとあの人、トゥーマッチよね」というふうに思われてしまう。同性からの批判的な視線はじつは男から見てそう見えるだろうという考え方で、つまり私たち女性は常に男性の視点から女性はこうあるべきと規定されてきたということでもあるんです。76歳になった私は、ようやく嵩張ってもいいじゃないかと思えるようになってきて、それは「あなたは嵩張るべきだ」と言ってくれた、今の夫に出会えたからだと思うの。それがなければ死ぬまで、嵩張ることに引け目を感じていたのではないかしら。

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