作家にして京大大学院生・青羽悠「物語は最も深い感動をくれるもの」世界の謎に挑む壮大なファンタジー小説を刊行
京都大学大学院生で作家の青羽悠氏の長編小説『幾千年の声を聞く』(中央公論新社)が10月に発売された。デビューから4冊目となる本作は、著者にとって初めてのファンタジー小説でもある。
地球を思わせるある惑星の国の中心には、枝の上に街が建てられるほどの巨大な[木]が存在している。その[木]をとりまく出来事や人々のエピソード、そして世界の動きが数千年単位で描かれる。5章からなる物語を通して、世界の謎に挑んだ壮大なスケールの野心作だ。
青羽氏に、小説の考え方、そして今作に込められた思いについて取材した。(藤井みさ)
「何者かになりたい」と書き始めた小説
――青羽さんは16歳でデビューしましたが、小説を書き始めたきっかけを教えてください。
青羽悠(以下、青羽):もともと「何かになりたい」という思いは強くありました。中学生の時から片っ端からいろいろな本を読んでいたんですが、伊坂幸太郎さんの『重力ピエロ』を読んで、物語の持つ力に圧倒され、『小説』というものがすごく魅力的に思えました。それが今思うとターニングポイントですね。
僕は絵も描けないし音楽もできないけど、小説はパソコン1つあれば書ける。「もしかしたら自分にもできるのでは?」「やってみよう」という思いが出てきました。当時、なんとなくこのまま大学に行って、大人になることについて恐れみたいなものがあって……。高校1年のときに自分の中におりのようにたまっていたものを形にしたい、と爆発した形で、初めての小説を書きました。それがデビュー作の『星に願いを、そして手を』です。
――初めて書いた小説でデビューとは、すごいですよね。
青羽:正直、「こんなにうまくいくものなのかな?」とは思いました(笑)。今思い返せば、16歳のあのときにしか書けない脆さや純粋な思いが形にできたのはとても良かったなと思っています。今は書くモチベーションも変わってきましたね。
――どのように変化したのでしょうか。
青羽:ひとつは、高校生から大学生にかけての「人間の形成期」みたいな時期に、ずっと「書く」ことをしていたので、「書かないと死ぬ」体になった気がしています(笑)。書いているほうが体調もいいんですよね。僕のライフスタイルのようになっていて、たぶん誰にも読んでもらえなくても書き続けているような気がします。
それから、大学に入って小説だけではなく、歴史や科学などさまざまなことに触れるようになりました。いろんな方と知り合いになって、人間関係のつながりの中で面白いこと、悲しいこと、幸せなことを経験して、人間の複雑さについてより考えるようになりました。こういう色んな面白さや複雑さを物語の力で世の中に出していけるのは、とても価値があることだなと感じました。
僕にはチャンスが与えられているのだから、「もっと物語を書く力を鍛えて、人間を揺さぶるようなものを出していきたい」という前向きな気持ちがありますね。小説を書き始めた頃の「何かになりたい」ではなく、おこがましいですが「もうなってしまった」ところから、どうやって動いていこうかなと考えているところです。
小説だけではなく自分の幅も広げたい
――現在は京都大学大学院に在学中とのことですが、何を学ばれているのでしょうか。
青羽:「複雑ネットワーク」の研究をしています。例えば人間関係を図式化して、コミュニティの中心にいる人を見つけたり、そこから網目のように関係をつなげて、今後コミュニティが発展するか衰退するかの推測したりする研究ですね。物理学の技術を使って、社会学をやるような感じです。
たぶん、僕は究極的には、歴史などの大きな流れの中で人の思いが動いて、人や物のつながりの中で劇的な変化が生まれていくことを見たい、という思いがあるんでしょう。だから今の研究と小説も感覚的にはつながっていると思います。
――学生らしいことはできていますか。
青羽:今はちょっと研究が忙しくて……お酒を飲むぐらいが息抜きですね(笑)。ウイスキーが好きで、バーでいろんな銘柄を試しています。来年で学生も終わりなので、将来についても考えています。
――小説家1本ではなく、他のお仕事も考えていますか。
青羽:それはあります。やっぱり自分の幅を出すためにも、外とのつながりを持っておきたいと考えています。なにより、社会を知らないのはまずいだろ、という気持ちがあるので、社会人をやりたいと思っています。今は京都にいますが、東京に出て、東京の街の匂いを吸いながら何年か生きてみたいなとも……。こうやってお仕事で時々東京に来ることがありますが、やっぱり見える景色が変わって、新しいものが生まれそうだなと思っています。