立花もも 今月のおすすめ新刊小説 怪異の人気シリーズ、社会問題をテーマにした心温まる作品など厳選紹介
発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。有栖川有栖による怪異の人気シリーズ、コロナ禍が舞台ながらも優しい光に満ちた作品、大人と少年が対峙しながら成長していく注目作品を集めています。(編集部)
有栖川有栖『濱地健三郎の呪える事件簿』
人ならざる者を〝視る〟ことができる心霊探偵・濱地健三郎と助手の志摩ユリエが遭遇する怪異を描くシリーズ第三弾。前作が抜群におもしろかったことだけは覚えていたものの、読んだのが二年前とあっては細部の記憶があやしい読者としては、いつどこから読んでも楽しめる構成になっているのは、ありがたい。しかも所収されているのはすべて独立した短編なので、日々の息抜きに読むにはもってこいである。
リモート飲み会のさなか現れた白い子供の手の正体に迫る「リモート怪異」をはじめ、今作はすべてコロナ禍が舞台。ステイホームによって家庭内暴力は児童虐待の増加が懸念されたのと同様に、在宅時間が大幅に長くなることによって、これまで気に懸けていなかったものに住人の意識が向いたり、おとなしくしていた何かが環境の変化に反応して目覚めたりすることで、仕事は増える可能性があるのだ、とユリエに解説する濱地の論理に、なるほどと膝を打った。その発想は、なかった。だが、もっともである。怪異の出現する家に閉じこもらねばならないのは苦痛と恐怖の何物でもない。というわけで、外出がままならないという制限があるなか、さまざまに趣向をこらして起きる心霊事件にご注目。
卓越した観察眼と思考力をもつ濱地にとって、幽霊は推理するための一要素に過ぎない。基本的に物語は淡々と論理的に展開するので、どちらかというとミステリー小説を読んでいるような心地がするのだが、濱地が解決するのはあくまで依頼人の不利益であって、心霊事件そのものではない。幽霊の存在自体は〝そのまま〟にされることもあるし、けっきょくどういうことだったのか、曖昧なまま終わりを告げることもある。その余韻こそが、怪談を読む醍醐味。世の中には、何もかもつまびらかになって万事OKとなることなんて、ほとんどない。その中でどう折り合いをつけながら前に進んでいくかが大事なのだ。怖いのに、どこかふわっとしたその感じは、心をちょっぴりラクにしてくれる。
大島真寿美『たとえば、葡萄』
コロナ禍が舞台、そして心がちょっぴりラクになる、という意味では同じなのだが、今作の読み心地はまるで違う。くすくす笑って、じんわり泣ける、優しい光に満ちた作品。
主人公の美月は30歳を目前にして大手化粧品会社の勤めをみずから辞めて、母親の友人である市子ちゃんの家に押し掛ける形で居候させてもらうのだけど、この市子ちゃんをはじめとする年上の友人たちが、めちゃくちゃいいのである。たとえば美月が会社を辞めた理由を「虚しかったから」と聞いた三宅ちゃんは、「自分の人生を捨ててなくてえらい」と褒める。三宅ちゃんはその後、美月が無謀にも思える道に進もうと決断したときも「ブラボー!」と全力でほめたたえてくれる。そんな人が一人でも傍にいてくれたら、どんなに心強いだろうかと羨ましくなった。「自分の人生を捨てるわけないじゃん。捨てるなら会社のほうだよ」と言い切る強さを美月がそなえているのも、こんな大人たちが小さいころからまわりにいたからなのだろうなあ、と思う。
無職になってすぐコロナ禍となり、美月の就活はなかなかうまくいかないのだが、そのぶん彼女はたくさんの人たちの人生に耳を傾ける時間をもつことができた。市子の言葉をきっかけに〈うわべだけでなく、芯まで美しい。そういうものをちゃんと見極めていかないと、いろんなことがでたらめになってしまう〉とはっとしたり、友人たちの言葉に、生き様に刺激されて、ぼんやりしていた美月の輪郭は、少しずつはっきりとしたものになっていく。
葡萄を育てている幼なじみの〈おれはおれのみえてる世界で生きていくだけだ〉というセリフもよかった。よかったところを挙げていたらキリがないが、奔放でふざけているように見えて一本筋の通ったところのある人たちとの対話は、美月だけでなく私たちの心にも沁みていく。
〝なるようにしてなる〟とよく言うけれど、結果的にそう言えるのであって、〝なる〟までの道のりはとても長く、不安に揺れることばかり。どんなに順風満帆に見える人でも、その裏ではたくさん泣いたり苦しんだりしてきたはず。それでも、やっぱり、なるようになるのだ。自分の人生を捨てることのない道を探し続けていれば。そう思わせてくれる登場人物たちのいるこの世界に、読み終えたあともずっと浸っていたくなる。この先、心がネガティブに振れることがあっても、この小説を手に取り、彼女たちに会いに行けば、きっと明日も大丈夫だと思えるはずだ。