EXILE 橘ケンチ × 『魔眼の匣の殺人』今村昌弘 特別対談 人を本気で楽しませるエンタテインメントの作り方
『屍人荘の殺人』シリーズで、ミステリ界に新風を巻き起こした作家・今村昌弘。同シリーズの第二作目となる『魔眼の匣の殺人』が、2022年8月に待望の文庫化を果たした。閉鎖空間内で起きた事件の謎を解く〈クローズド・サークル〉ものに、大胆な特殊設定を加えた同シリーズは、ミステリファンのみならず幅広い読者を虜にしている。
EXILE / EXILE THE SECONDのパフォーマー・橘ケンチもまた、同シリーズに魅せられた読書家の一人だ。本の紹介プロジェクト「たちばな書店」でさまざまなジャンルの本を紹介してきた橘ケンチは、『屍人荘の殺人』ならびに『魔眼の匣の殺人』をどう読んだのか。今村昌弘と橘ケンチの初対談をお届けする。(編集部)
“謎”にページをめくらせる力があれば、それはミステリだ
橘ケンチ(以下、橘):今村さんは現在、神戸にお住まいとのことですが、東京にはよくいらっしゃいますか?
今村昌弘(以下、今村):刊行のタイミングで来て、書店訪問することが多いですね。『屍人荘の殺人』シリーズは3作目『兇人邸の殺人』まで刊行しています。今年の8月に2作目の『魔眼の匣の殺人』が文庫化しました。
橘:ここだけの話、相当売れてると思うのですが(笑)。
今村:おかげさまでシリーズ累計で120万部になりました(笑)。『屍人荘の殺人』が映画化されたのと、1作目の読者が2作目、3作目と読んでくださったことで部数が伸びたと思います。普段ミステリを読まない方にも手に取ってもらって、魅力が伝わったなら嬉しいです。
橘:僕も本は好きなのですが、実はミステリはあまり読んでこなかったんです。記憶にあるのは〈ズッコケ三人組〉シリーズや〈三毛猫ホームズ〉シリーズを読んでいたことくらいで。今回の対談のお話をいただいて、久しぶりに読みましたが、ミステリの良さに改めて気付くことができました。
今村:僕も図書室にあった〈ズッコケ三人組〉シリーズや〈シャーロック・ホームズ〉シリーズ、〈アルセーヌ・ルパン〉シリーズが好きだったにも拘わらず、それほどミステリを読んでこなかったんです。「ミステリは好きな人が読むもの」とか「本当に好きじゃないとミステリは書けない」という思い込みもありました。
橘:小説はいつから書き始めたんですか?
今村:岡山大学を卒業後、放射線技師として働いていたんです。でも、働いているうちに「いずれは人を楽しませる仕事をしたい」という希望が湧き、我流で少しずつ執筆するようになりました。ライトノベルやSF、ファンタジーを読むことが多かったので、当初はそういうものを書いていたんです。
でも僕自身の性格が理屈っぽいから登場人物もロジカルになってしまって、ファンタジーやライトノベルだと面白くならなかった。書いては新人賞に応募し続けていたのですが、29歳の時に3年間だけ本気で小説にチャレンジしようと思って放射線技師を辞めたんです。「ミステリって何なんだ?」と根を詰めて考えたのは、その時でした。
橘:なるほど。なんでミステリだったんですか?
今村:色々な作品を読んでみた結果、僕は「どんな作品でも、“謎”にページをめくらせる力があれば、それはミステリだ」という理解に至りました。読者はこの“謎”の正体を知りたいから、読み進める。ミステリなかでも「本格ミステリ」と呼ばれる、犯人当てや謎解きに主眼を置いた小説が、自分の理屈っぽい性格に合っていると思いました。
実は初めて書いた本格ミステリ長編が『屍人荘の殺人』なんです。第27回鮎川哲也賞をいただきましたが、自分でも不思議でした。予選落ちばかりだったのに、自分にマッチするものを見つけた途端にここまで評価されるとは。
橘:役者さんの世界でもいわゆる“ハマり役”がありますが、それが1作目でバチンと当たったというのはすごい。
今村:ありがとうございます。デビュー1年目は夢のなかを歩いているような心地で、すべてが初めて見る景色ばかりでした。とにかく必死で駆け抜けた日々でしたね。
ミステリ好きの読者を裏切りたくない
橘:ところで僕は、京極夏彦さんの『魍魎の匣』の舞台版に出演したのですが、それと『魔眼の匣の殺人』の「匣」という文字には関係があるのかなと気になっていたんですよ。
今村:まず『屍人荘の殺人』のような「〇〇の殺人」というタイトルは本格ミステリのシンボルですね。ベテラン作家さんたちのイメージをお借りしようという意図があって、2作目も引き継ごうと考えていました。加えて、「屍」と同じような、一般的には馴染みが薄い漢字を使おうと考えていたところ、「四角い建物が出てくるから『匣』がいいかも」と。もちろん、京極先生の作品も念頭に置いてました。
橘:『魔眼の匣の殺人』は閉じられた空間の中で殺人の予言が次々と当たっていくというパズル的な構造になっていて、京極先生が「まず物語の構造を作る」とお話していたことを連想させました。
今村:ミステリ作家は、まず設計図としてプロットを最初に作る人が多いです。最初に固めてしまうと、書きながら膨らませる余白がなくなってしまうという人もいますが、僕の場合は「このために書くんだ」ということを考えていないと面白く描けないんですよ。だから「後のストーリーにこう繋がっていくから、こう読ませたいから、こういうトリックを使って、こう書こう」と固めます。
橘:ミステリ作品では謎が進行しつつも、人間関係の軸が同時に走るじゃないですか。それが要所要所で絡み合っていくから、本当に緻密で見事だと感じました。
今村:謎と人間関係の関連は、特に時間を費やした部分です。最初に計算したストーリー、次にキャラクター同士の関係をこうしたいという構想、そして解決に向かうための合理的な描写、この3つがしっかりイメージできるまで書き出せないんです。だから書いている時間よりも、考えて成果がでない時間の方が長い。そこが苦しいところで、成果が上がらない日も多いんです。
橘:トリックもチープなものだと「これじゃダメだ」と深く考えたり?
今村:そうですね。「これくらいのトリックじゃ、ミステリ好きの読者さんは満足してくれないだろうな」と(笑)。最初に『屍人荘の殺人』を読んで話題にしてくださったミステリ好きの読者を裏切りたくない。売れた勢いだけで続編を出すのではなく、目の肥えた読者も楽しませたいという気持ちは大事にしています。
橘:個人的に『屍人荘の殺人』からは若々しさを、『魔眼の匣の殺人』からは濃密さを感じました。『屍人荘の殺人』は斬新なアイデアが物語に勢いを付けていた一方、『魔眼の匣の殺人』は「未来予知」というオカルティックな要素と本格ミステリとのせめぎ合いが読みどころになっていて、唸らされました。
今村:うれしいです。一作目は明智というキャラクターの顛末、パンデミック的な展開という、ミステリにおいては珍しいネタを入れたことで話題になりました。でも、それを続けてしまうと、今後のシリーズでそれ以外を書けなくなる可能性があるなと。だから、論理的な展開を大事にするべく、『魔眼の匣の殺人』では前作よりもミステリ濃度を上げました。
橘:なるほど。そういうユニークな着想はどこから生まれるのでしょう。
今村:僕はミステリを読み始めるのが遅かったので、普通のミステリファンなら中高生で経ているだろう「こういう斬新なアイデアがあるぞ!」という興奮を、遅れた形で詰め込めたんだと思います。『屍人荘の殺人』は僕自身もワクワクしながら書いた作品で、こんなバカバカしいアイデアをよく真剣にできたなと懐かしく思っています。
橘:今後も葉村譲と剣崎比留子を軸に物語は展開していく予定でしょうか? 先の構想などもあれば教えてください。
今村:ひとまず『兇人邸の殺人』でふたりのコンビ関係は一旦落ち着いて、いよいよ彼らが協力して事件を解決していくシリーズにしたいと考えています。毎回そうですが、次のことは全然考えてなくて、今に集中している感じです。こういう対談で伏線になりそうな発言すると、あとで大変なんです(笑)。読者の方に「あれはどうなるんですか?」と質問されても「俺もわからん!」と答えるしかないですね。