「騙さなくてはいけないという使命感がある」 ミステリー作家・市川憂人が語る、異色のラブストーリー『灰かぶりの夕海』誕生の背景

ミステリー作家・市川憂人インタビュー

特殊設定ミステリーとの出会い

――市川先生は2016年に第26回鮎川哲也賞を『ジェリーフィッシュは凍らない』(東京創元社)で受賞してデビューされましたが、それ以前から執筆活動はされていたのでしょうか。

市川:小説を書き始めたのは大学に入ってからになります。文芸サークルの「新月お茶の会」に入って会誌に書きながらコンテストにも応募していたんですが、ずっと蹴られていました。就職してからは書く時間がとれなくなってしまい、これではいけないと思ってコミックマーケットに出展して同人誌に小説を書きながら、応募を続けていました。それで東京創元社のミステリーズ!新人賞に応募したところ、最終選考まで残ったのですが選考委員の先生から口々に「長編向きだろう」と言われて、それならと書いたのが『ジェリーフィッシュは凍らない』になります。

――現実世界とは少し違ったテクノロジーが存在する世界で起こる事件を描いた、いわゆる特殊設定ミステリーでした。

市川:元々は通常の飛行船を登場させるつもりだったのですが、それでは難しいということでジェリーフィッシュという特殊な飛行船のアイデアを考えました。いったいどうやって作られるのかを考えるのには苦労しましたが、M気があるのかそうやって苦労するのも楽しみのひとつで、苦痛には感じなかったですね。

――荒木あかねの『此の世の果ての殺人』(講談社)が受賞した第68回江戸川乱歩賞は最終候補作がすべて特殊設定ミステリーだったそうですが、それらより早く特殊設定ミステリーを書き始めていたと言えます。

市川:西澤保彦先生の影響が大きいですね。新本格自体は大学に入る前から第一世代の先生方の作品を読んできましたが、大学に入った頃に西澤先生や京極夏彦先生、森博嗣先生が登場してきて、浴びるように読みました。そこで『完全無欠の名探偵』や『七回死んだ男』といった西澤先生の作品を読んで、現実とは外れた要素を絡めて謎解きが行われるという特殊設定のミステリーに最初に触れて、こういうことが描けるんだと思うようになりました。

――鮎川賞では市川先生の翌年に今村昌弘先生が『屍人荘の殺人』(東京創元社)で受賞しデビューされました。これも一種の特殊設定ミステリーでした。

市川:今村先生の『屍人荘の殺人』は鮎川賞受賞作では空前の売れ行きとなりましたが、やはり面白くてジェラシーを感じてしまいます。ただ、自分は同じミステリー作家として突飛な発想が出せないので、現実世界を土台にしてその上に特殊設定を置いていくような作品を書いていくことになると思います。

――市川先生は、東京大学の「新月お茶の会」出身であることをプロフィールにも書かれてますが、どのような文芸サークルなのでしょう。

市川:『SF・ミステリー・ファンタジー・エトセトラ』ですね。大学に進んだ時に、ほかにミステリー専門のサークルが無かったので入りましたが、入会当時は創作でミステリーをやろうとしているのは私だけでした。年に4回会誌を出していて、その回ごとにテーマがあって、お題をもらって短編を書くコーナーに書いていました。ミステリーばかりではなくホラーテイストのものだったり、ドタバタ劇だったりと色々なものを書いていました。文章を書くことに慣れる経験ができて、今の自分の血肉になっていると思います。

――『ジェリーフィッシュは凍らない』から始まる〈マリア&漣〉のシリーズは、長編が3冊と短編を集めた『ボーンヤードは語らない』が出ています。ファンも多いシリーズですが、こちらの予定は?

市川:シリーズとして続ける予定です。忘れられないうちに続編を出したいですね。デビューして3作目を出した後は、他の出版社から依頼を戴いた順番にお仕事をさせていただいてきました。『灰かぶりの夕海』もその1冊ですが、〈マリア&漣〉のシリーズも合間に「ミステリーズ!」に短編を掲載させていただいています。書いていない年はないですね。

――同じミステリー作家で現在、関心を持っている作家や作品はありますか?

市川:方丈貴恵先生ですね。同じ鮎川賞の出身で、1月に『名探偵に甘美なる死を』(東京創元社)を出されました。〈竜泉家の一族〉というシリーズ物の最新刊です。そして白井智之先生。『名探偵のいけにえ―人民教会殺人事件―』(新潮社)が刊行されたばかりで、グロテスクと本格謎解きの融合した作風がたまりません。

――次の予定があれば聞かせてください。

市川:今は長編のプロットを出して返事を待っているところです。そちらが終わったら新しい出版社から出すことになると思います。

――期待しています。本日はありがとうございました。

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