「文と向き合うほど、唯一の正解が世の中にどれだけあるかわからなくなる」校正者・牟田都子が語る、仕事論

牟田都子インタビュー

 書籍などを出版する際、誤植や内容の誤りがないか確認する校正・校閲。その仕事について、校正者の牟田都子氏が自身のエピソードや思いを綴った『文にあたる』(亜紀書房)が話題だ。どこまで「鉛筆を入れる(指摘を書き込む)」べきなのか、事実に即していることだけが正解なのか。常に考えながら読み進める様子からは、知られざる一人の校正者の姿が浮かび上がる。牟田氏に本のことや、日々言葉や価値観が変わり続ける中で意識していることをうかがった。(小沼理)

この本が100年残るかもしれない

――ライターとして本作りにかかわることがあるので、『文にあたる』は頷いたり、専門の校正者はこう考えているのかと思ったりしながら読みました。本でも書かれていますが、複数人が繰り返し読んでいるのに誤植って残るんですよね。

牟田:人間の脳って読みたいように読んでいますからね。本が出てから感想を検索するのですが「牟田郁子さんの本が~」と書かれているのをよく目にして、「郁子さんがかなり多いぞ」と(笑)。間違えた方を責めているわけではなくて、ぱっと見の印象で思い込むことは誰にでもあるので、私たちは仕事として気をつけて読まないといけないなと思います。


――一冊を校正する時、牟田さんはゲラ(校正を行うための印刷物)を3回読むと書いていました。

牟田:1回目が文字や言葉を見る「素読み」、2回目が固有名詞や事実の確認をする「調べ物」、最後が「通し読み」ですね。素読みでは誤字がないか、旧字体が紛れ込んでいないか、行頭にかぎかっこがきた時の下げ方は統一されているかなどを確認します。途中で辞書を引いたり考えたりすることもありますが、基本的には1文字0.5秒のように、すべての文字に同じだけの時間をかけて見ていきます。

 調べ物では、私はとにかくせっかちなので、ゆっくり見ることを心がけています。例えば本のタイトルがゲラに出てきた時、現物が手に入ればそこで書名や著者名を確かめますが、難しい時はオンライン書店の書影で確認します。そうすると見落とす確率も高くなるので、気をつけなくちゃと意識していますね。

 最後が通し読みで、最終的な確認に加えて一冊の流れを見ていきます。素読みには数日かけるので、読むうちに前半の内容は忘れてしまうんですね。通し読みではなるべく中断しないように、朝から1日かけて一気に読み、全体の整合性を確かめます。俯瞰して読むことで「前半でこの話をしていたけど、後半で同じ話をはじめてのように書いているな」と気づいて疑問を出すこともあります。

 これはあくまで私のやり方で、素読みと調べ物を同時に行う方もいますし、週刊誌のように忙しい現場では3回読むなんて悠長なことは言っていられないと思います。同じ校正と言っても現場やジャンルによってさまざまで、私が主に受けている文芸書や人文書と、それ以外の実用書、児童書、翻訳、写真集などではまったく異なるでしょう。だからこの本では「校正とは」という大きな話ではなく、あくまでも私が校正の仕事をする中でこんな経験をしてきた、という内容を書きました。

――ウェブサイト、雑誌、カタログなど校正の対象は多岐にわたりますが、一冊の本を校正する面白さは?

牟田:過去に10年間所属していた出版社の校正では、文芸誌やノンフィクション誌を5~6年担当していました。そこでは数ページの記事単位で読んでいたのですが、それと書籍一冊を読むのは、かかる時間も、体験の質も全然違いますね。2週間の校正期間中、ひたすら著者の言葉に耳を傾け辞書を引き、追いつかない頭でなんとか理解しようと努めながら読む。一冊の本に頭のてっぺんまで浸かって読む、大学の集中講義に通っているような体験だと思います。

 文芸書や人文書は長く読まれることを考えて作られていることも大きいです。この本が100年残って後の人に参照されるかもしれない、私がこの世からいなくなってから誰かが手に取るかもしれない。そんなロングセラーはたくさんありますし、ベストセラーにならなくても、誰か一人が大切に読み続ける一冊もあります。そう思うと、なるべくじっくり手をかけたいと思いますね。

すべての行、すべてのページで迷う

――文芸書は著者の言葉遣いや表現の意図を汲み取る必要があるのが難しそうです。『文にあたる』でも、牟田さんがどこまで鉛筆を入れるべきか思案している様子が繰り返し綴られていました。

牟田:校正はさじ加減が一番難しいです。迷わなくていいならこんなに楽な仕事はないんじゃないかと思います(笑)。辞書の通りに直せばいいなら、考え込むこともないじゃないですか。著者の文体、伝えたいことを考えると規則通りにはいかないから、そのたびに迷います。

 例えば、一人称がずっと「私」だった著者が、ある一箇所だけ「わたし」とひらがなで書いている。「漢字にしたほうがいいですか」と聞きたくなるけど、前後の文脈を読むと、万感の思いを込めてあえてひらがなにしたと読めないこともない。聞かないほうがいいのか、聞くにしても「あえてひらがなのままにしたほうがいいのですよね?」とするのか、丸だけつけて編集者に注意喚起するのか……そうやって一文字ずつ考えていくと、すべての行、すべてのページに悩むところがある。2週間があっという間なんです。

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