『ブスなんて言わないで』著者が問う、ルッキズムへの向き合い方 「あまりにも丸腰で語られすぎている」

『ブスなんて言わないで』の問いかけ

 美醜について語りにくくなって、どれくらい経つだろう。

 ミスコンに潜入操作した刑事のドタバタを描いた映画『デンジャラス・ビューティー』(2000年)で、すでに美の審査基準に内面も含まれるような描かれ方をしていたので、少なくとも2000年にはハリウッドにおいて外見の美しさだけで人を判断することへ疑問が持たれていたのだろう。

 美醜よりも内面を大切にしようとする考えは、もちろん尊重すべきだろう。だが、そうしたところで人の悩みは消えるのだろうか? 

 そんな疑問に真っ向から「NO」を突きつける漫画がある。とあるアラ子の『ブスなんて言わないで』(講談社)だ。タブー視されかねないルッキズムをテーマにしただけでなく、「ブス」という直接的な言葉を使った問題提起作品は、Web漫画サイト「&Sofa」(アンドソファ)で配信されるや否やSNSで話題になったという。

 今回、リアルサウンドでは「もやもやを言語化する天才」と言われるとあるアラ子氏にインタビューする機会に恵まれた。(中川真知子)

誰にとっても当事者意識がもてること

――取り扱いの難しいルッキズムをテーマにしたのは何故ですか。

とあるアラ子:実は私はルッキズムを取り扱いの難しいテーマだと思っていないんです。ルッキズムって誰にとっても当事者意識がもてることなので、誰に話を聞いてもネタが集まってくる。センシティブなテーマではあるけれど、当事者の数が少ない問題と比べれば描きやすいのかなと感じています。

――美醜のことを言うべきではないという風潮がありますが。

とあるアラ子:自分自身、美醜のことを話題にしてはいけないと思っていません。「こんなこといっていいのかな」と思いながら読む人にとっては刺激の強い展開かもしれません。ただ、言葉の使い方にはさすがに気を使っていますね。

――ブスと言われている知子の顔をデザインする際に気をつけたことはありますか。

とあるアラ子:担当さんとも相談した上で、記号的な表現にならないように努めました。たとえば、そばかすがあって、メガネをかけていて~といったのはやめようと。そもそも、今はそばかすがおしゃれという風潮もあるし、メガネだって取れる物ですよね。メガネを外したり、ちょっと化粧やプチ整形したくらいで綺麗になれる人はブスとは言えないと思うんです。そこは逃げずに描こうと頑張りました。

 ブスの表現に責任を持ちたかったので、知子の顔は、私の顔の要素を多く取り入れています。私、後頭部が絶壁で、顎が低く、鼻と唇の間が長い顔立ちなんですよね。でもそれだけでは絵としてパンチが足りなくて、そこに、鼻を広くしたり、頬骨ともいえないような場所に線を描き入れました。多くの人が顔のどこに悩んでるかというと、おそらく骨格だと思うんですよね。化粧やプチ整形で簡単に誤魔化せない骨格の悩みは、根が深く、だからこそしっかり描きたいと思いました。

――それ以外に気をつけたことは? 

とあるアラ子:知子は、顔はブスですがスタイルは平均的という設定にしました。彼女は本当に顔だけが悩みなんです。最初はスタイルも個性的にしていたのですが、それだと顔の悩みの比重が減ってしまう気がして……。あくまで顔で悩んでいることにしたかったので、途中から普通のスタイルで描いているんですよね。顔について、ギャグ漫画みたいになっている、と指摘されることもありますね(笑)。でも、そういうこともルッキズムの問題だと思っています。ブス=ギャグ漫画なの? って。

――言われてみれば、確かにそうですね。

とあるアラ子:美醜にまつわる物語だって、これまでにも数多く作られていますが、最近は美人やイケメンの悩みをリアルに描いたものが増えているように感じます。特に美人に生まれてしまったゆえの悩みは、ストーカーされやすいとか、フェミニズムにも直結する問題が多いので、描かれるべき事柄だとは思うのですが。一方で、ブスの悩みは笑いに変えられるか、個人の問題として描かれることがすごく多いな、と。

――こうやって語ってもらうとルッキズムに真っ向から向き合う真面目な問題提起作品みたいに聞こえますが、決して説教くさくないし、漫画としてとっても面白いですよね。

とあるアラ子:「説教くさくない」と言って頂くことは多いです。あまりに言われすぎて、「人はどんなストーリーに説教くささを感じるのだろう?」と考えることが増えました。おそらく、作者の考えをモノローグで語ったり、作者が特定の役に憑依して持論を語らせたりすると、途端に説教くさくなるのかな、と思います。意識して説教くささを消せてるわけではないので、途中から説教くさくなったらどうしようという恐怖はありますね(笑)。

群像劇にする理由

――ストーリーを面白くするために意識していることは? 

とあるアラ子:できるだけ多くの人に読んでもらうために、様々な悩みを抱えるキャラクターを登場させています。自分にとって群像劇って難しい挑戦でしたけどね。なので、私自身が1mmも共感できていない登場人物もいるんです。それでも、その登場人物がどんな考えを持っているのか、真剣に考えています。差別の問題でもあるので手抜きはできませんし。自分と近しい考えを持つ人だけに読んでもらえればいい、と思っていたらもっと違うアプローチの仕方をとったと思います。

――いろんなキャラが出てきますが、これは描かない方がいいと判断したことはありますか? 

とあるアラ子:整形ですね。整形は世代によって捉え方が大きく変わるものだと思います。知子と梨花は私よりも少し若い世代なので、彼女たちのリアルな気持ちを表現するのは難しいかなと。それに、実際に整形を体験した方が面白く描いている作品が既に多くありますし。あと、ユニークフェイスと呼ばれている、顔にアザや障害がある人については、美醜や低身長などと並列して描いていいことなのか悩みますね。地続きの問題だと思うのですが、調べてみて多くの当事者が深刻な問題にぶつかっていることを初めて知りました。就職が難しいとか、お医者さんに親身になってもらえないとか……。とはいえ幸せに暮らしてる方も多く、必要以上に深刻に描くのも差別になりかねないので、取り上げるとしたら入念な取材が必要だと思います。

――そういえば、タイトルに関して編集者さんと意見が食い違ったそうですが、どんなタイトルにしようと思っていたのですか?

とあるアラ子:最初に考えたタイトルは「ブスが美人を殺しに行く話」でした。でも、担当編集者さんから「待った」がかかって。そこから、ブスという直接的な言葉を使わずに美醜に関する漫画だと分かるようなタイトル探しが始まりました。意味のあるフレーズにすると、どうしても知子か梨花どちらかの視点になってしまうんですよね。Wヒロインものの作品なので、タイトルで視点を固定するのは避けたくて……。最終的に「ブスという言葉は使いつつ、それをを打ち消すような言葉が続けばいいのでは」というところで落ち着きました。

――『ブスなんて言わないで』は、梨花と知子どちらのセリフとしても当てはまりますよね。表紙も、ふたりとも白いジャケットを着ていて、洋服の境界線が描かれておらず曖昧になっています。相反するふたりだけど、実は交わる部分が多いという表現にもなっていて奥深さを感じました。

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