“悪い人間が正義のために戦う”という藤田和日郎の黄金パターン 『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』が面白い

※本稿には、『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』(藤田和日郎/講談社)の内容について触れている箇所がございます。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)

 現在、藤田和日郎が「モーニング」にて連載中の『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』の第1巻が先ごろ発売された。

 同作は、19世紀の大英帝国を舞台にした伝奇アクション「黒博物館シリーズ」の3作目であり、前2作(『スプリンガルド』『ゴースト アンド レディ』)同様、謎めいた博物館の女性学芸員が、いわくありげな来館者に奇妙な展示品を見せる――というお決まりのパターンで幕を開ける。

 ロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)の秘密の犯罪資料室である「黒博物館」には、「英国内の事件のすべての証拠品が展示されて」おり、中には超自然的な物も少なくない。

 ちなみに、前2作に出てきた「証拠品」は、「怪人“バネ足ジャック”の左足」と、「(幽霊が遺したといわれる)2つの弾丸が正面からぶつかってできた“かち合い弾”」であったが、今回の来館者が求める物は、「ヴィクトリア女王主催の舞踏会に遺されていた“赤い靴”の片方」である。

 来館者の名は、メアリー・シェリー。そう、かの有名なゴシック小説『フランケンシュタイン』の作者だ。やがてメアリーは語り出す。学芸員でさえも知らなかった、その“赤い靴”にまつわる世にも不思議な物語を――。

“SFの元祖”ともいわれるメアリー・シェリーの伝説的作品

 メアリー・ゴドウィン(のちのメアリー・シェリー)が『フランケンシュタイン』を執筆した発端は、1816年、スイスにあるバイロン卿(詩人)の別荘に滞在していた時のことであった。当時の彼女は、妻のある詩人、パーシー・シェリーと駆け落ちしている状態であったのだが、長雨が続き、外に出られず退屈していた客人たちに向かってバイロン卿が、「皆でひとつずつ怪奇譚を書こう」と提案したのである。

 メアリーは、のちに『フランケンシュタイン―あるいは現代のプロメテウス―』として出版されることになる物語の着想を得て、執筆を開始、翌年脱稿した(その間、パーシーの妻が自殺したため、彼女はパーシーと正式に結婚する)。

 物語の内容については、いまさら説明不要かもしれないが、念のため書いておくと、まずは、生命の秘密を探り当てた科学者、ヴィクター・フランケンシュタインが死体をつなぎ合わせて人造人間を作る。しかし、誕生した人造人間があまりにも醜い「怪物」であったため、生みの親であるフランケンシュタインは“彼”を見捨てるのだった。やがて怪物は言葉を学び、人間たちと接しようとするのだが、すべてが悪い方向へと向かい、フランケンシュタインは愛する人たちをひとりずつ失っていくことになる……(怪物が復讐のためにフランケンシュタインの家族や友人たちをひとりずつ殺していくのだ)。

 メアリー・シェリーはこの物語を、「北極探検隊隊長(ロバート・ウォルトン)の手紙」→「フランケンシュタインの語り」→「怪物の語り」という入れ子構造(三重構造)で書いており、それが、一見荒唐無稽な世界に独自のリアリティを与えているのは間違いない。思えば藤田和日郎もまた、「黒博物館シリーズ」をすべて「現在」と「過去」の二重構造で描いており、そういう意味でも、今回の『三日月よ、怪物と踊れ』のモチーフとして、『フランケンシュタイン』を選んだのは正解だったといえるだろう。

悪い人間が正義のために戦う、藤田作品の面白さ

 さて、前置きが長くなってしまったが、実は『三日月よ、怪物と踊れ』の主人公は、メアリー・シェリーの他にもうひとりいる。それは、ある科学者が作った「人造人間」――事故で亡くなった村娘の頭部と、別の女(こちらも死体)の首から下をつなぎ合わせて作られた「怪物」である。

 ある時、近衛歩兵第一連隊の大尉に呼び出されたメアリーは、その怪物を「舞踏会に出られるように教育」してほしいと頼まれる。それは、「7人の姉妹」と呼ばれる恐ろしい暗殺集団から、ヴィクトリア女王の命を守るためにはやらなければならないことなのだが、「怪物の教育」などという非常識な仕事は、『フランケンシュタイン』の作者にしかできないだろうというわけだ。

 ちなみに、(勘のいい方はもうお気づきだろうが)怪物の首から下――すなわち、体の部分の元の持ち主は、その「7人の姉妹」のうちの1人である。“彼女”は、11ヶ月前、大尉との斬り合いに敗れ、「死体」になったのだ(さらにいえば、例の“赤い靴”の持ち主でもある)。

 そう、つまり大尉は、かつて暗殺者だった女(の肉体)を「教育」し、残りの6人の敵と戦わせようとしているわけであり、これは、“悪い人間が正義のために戦う”という、藤田和日郎がもっとも得意とする“面白い漫画”のパターンのひとつでもある。

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