連載20年&既刊51巻! 『まんがグリム童話:金瓶梅』は原作小説との人物比較で読むとさらに面白い

『まんがグリム童話:金瓶梅』を原作と比較

 時代は16世紀後半から17世紀前半の中国(当時は明)。金持ちの妻になる夢を持つ美女・潘金蓮(はん・きんれん)は夫の武大(ぶだい)を殺して願いどおり金持ちの男・西門慶(せいもん・けい)の第五夫人におさまるが、嫉妬深い彼女はほかの夫人たちや妾を敵視するようになる。一方で武大の弟・武松(ぶしょう)は兄が殺された真相に気づき金蓮への復讐の時を待つ。

 中国には四大奇書と呼ばれる長編小説があり、そのひとつが西門慶と潘金蓮が主人公の『金瓶梅』(きんぺいばい)だ。

 四大奇書のほかの三作『三国志演義』、『水滸伝』、『西遊記』が老若男女問わず読めるストーリーであるのに対し、『金瓶梅』は『水滸伝』のスピンオフ作品でありながら、時に殺人などの残虐行為を伴う女性たちのいさかいや過激な性描写が倫理に反するとされ、何度も禁書になった。四大奇書の中で異彩を放っている小説である。

 原作小説の『金瓶梅』には、正義の味方がおらず、登場人物のほとんどは悪人だ。

 中心となるのは多くの女性との愛欲に溺れる西門慶であり、タイトルの『金瓶梅』は、夫を殺して西門慶の第五夫人におさまる潘金蓮の「金」、西門慶の第六夫人で金蓮に子どもを殺される李瓶児(り・へいじ)の「瓶」、金蓮の使用人であり西門慶に手を出され、後に名家に嫁ぐ龐春梅(ほう・しゅんばい)の「春」からきていて、彼女たちは西門慶を取り巻く女たちの中でもメインキャラクターだと言えるだろう。

 この『金瓶梅』を新たなかたちでリメイクして大きな反響を得たのが「まんがグリム童話」(ぶんか社)で漫画家・竹崎真実が発表した『まんがグリム童話:金瓶梅』である。「まんがグリム童話」は童話のみならず文学や実際に起きた事件などを翻案した、女性向けの漫画が多数掲載されているが、この作品は名実ともに本誌の代表作として20年にわたり読者の支持を得ている。

 というのも連載20周年を迎えただけではなく7月には最新の51巻が発売予定、過去には電子書籍サイト「コミックシーモア」で10年間にいちばん読まれた漫画として大賞を受賞したこともあるのだ。

 原作を読んだことがない読者も多く、つまり『まんがグリム童話:金瓶梅』だけでもじゅうぶん面白いのだが、原作小説と漫画で異なる登場人物の個性を見出すと、ますます味わい深くなる作品である。

 『まんがグリム童話:金瓶梅』の潘金蓮は原作どおりの悪女なのだが、連載が長くなるにつれてだんだんと人間味が増し、最近はダークヒーローのようになっている。これは最初から最後まで一貫してずるがしこく残忍な悪女だった原作の金蓮とは大きく異なる。

 この数年、漫画の金蓮は私欲を満たすためといった口実を作りながら、策略を巡らして悲惨な目に遭っている人を救うことが多い。

 そうなると自然と彼女のライバルであるほかの夫人たちのキャラも変容する。代表格が原作小説ではおとなしく可憐だった李瓶児だろう。『まんがグリム童話:金瓶梅』の李瓶児は偽善者であり、保身のために人を追い込んでも罪悪感を持たない性格だ。ダークヒーローの金蓮とは正反対のキャラであり、この物語で金蓮がもっとも憎んでいる人物でもある。瓶児が大きな不幸を招き寄せることも多い。

 第二夫人の李嬌児(り・きょうじ)のけちな性格は原作と同じだが、漫画ではそれが嬌児の憎めなさにつながっている。もともとは資産家の未亡人であった第三夫人の孟玉楼(もう・ぎょくろう)は、原作どおりの清楚さに加えて占い好きな一面が強調され、第四夫人の孫雪娥(そん・せつが)に至っては個性以前に原作と漫画で周囲からの扱われ方がまったく違う。

 雪娥は、原作では西門慶に疎まれ妻でありながら台所で家事をさせられ、使用人同様に扱われていたのだが、漫画では自らの意思で台所に行っていきいきと食事を作り、他の妻と同様に西門慶に愛されている。

 李瓶児を除くと、夫人たちは作者からの愛情が感じられる個性を持っている。西門慶の正妻(第一夫人)・呉月娘(ご・げつじょう)については後述する。

 もうひとりのヒロイン春梅は、賢く立ち回る使用人で金蓮とは信頼関係で結ばれており、そこは原作と変わらない。西門慶との性行為も間に自らの主人である金蓮を介しているが、漫画では西門慶とのエロティックな描写は初期のみで、以降の春梅は忠実に金蓮に仕える明るくて聡明な少女である。『まんがグリム童話:金瓶梅』の中盤で結婚して今は西門家にいないが、嫁ぎ先でもしっかりとした振る舞いをしていて、原作のように人をいじめたり結婚後自堕落な生活を送ったりする描写は今のところない。

 原作と違いがあるのは男性陣も同様である。漫画の西門慶は女性を惹きつけて離さない美貌や魅力が強調され、原作より年齢も若そうだ。その若さの影響からか原作では存在していた西門慶の娘は漫画では存在せず、原作で終盤の鍵を握る西門慶の娘婿・陳経済(ちん・けいさい)は漫画だと独身で、西門慶と同年代のような見た目である。

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