「銀英伝」にも通ずる大国滅亡の物語 田中芳樹が描く中国史小説の魅力

田中芳樹が描く中国史小説の魅力とは

 近年、『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』がアニメ化されるなど、田中芳樹作品は現在を生きる若い人たちにも人気だ。ただし、「銀英伝」はスペースオペラで、「アルスラーン」はファンタジー。田中芳樹という作家は、そういう方面に強いのだという印象になりがちだ。

 だが、この作家の本領は、実はそこではない気さえする。「銀英伝」や「アルスラーン」のような長編だけでなく、中国史を扱った中編、短編の中におもしろいものが多数転がっている。どちらかというと、歴史を扱ったネタを上手にフィクションへ落とし込むことで、人気の長編は成り立っているイメージがある。

 そして、ここで紹介する『海嘯』(中公文庫刊)も、その魅力的中編のひとつだ。

 扱うネタは『水滸伝』の舞台となる宋王朝が、女真族の金に圧迫されて長江以南に逃げた南宋最後の時期。日本史でいえば、13世紀後半の鎌倉時代中期、元寇の1回目と2回目の間になる。

 時代背景を説明する前に、そもそも、宋という国はとんでもなく豊かだったと思ってほしい。中国史は秦、漢、という統一国家が現出した後、『三国志』の分裂時代になり、以後は北方異民族の侵入で分裂は拡大。隋、唐時代に統一されるが、さらに五代十国の分裂を経て宋に統一された。何度も分裂していたので、それぞれの国がそれぞれの地域をなるべく豊かに開拓していた前提がある。それを統一したのだから、そりゃあ、豊かなのだ。

 だが、その豊かさを享受していると、北に勢力を拡大した女真族が金という国を建て、その侵攻を受ける。皇帝は拉致されたが、その弟は生きていた。彼を担いで長江の南で国を再建した。これが南宋だ。

 このころ、金をやっつけて宋を元に戻そうとしたのが、中国のナショナルヒーロー、岳飛。だけど、南宋が寄った長江より南の地域は、三国志の孫権が国を建てて以降、とても豊かに育っていた。現在の中国においても、風光明媚で衣食豊かな土地ばかりなのだ。言い方は悪いが、生産力の少ない地域を切り離しただけにも見える。

 「別にここでええんちゃうの?」

 そんな厭戦気分が蔓延する中、南宋は岳飛を切り捨てる。彼は死に、宋は金と和平したのだ。こうして、南宋は豊かな土地で100年以上をのほほーんと過ごした。

 でも、金の北にさらに強力な軍事勢力が勃興していた。チンギス・ハーンのモンゴルだ。彼らは金を滅ぼし、物語の時間軸では、その孫のフビライ・ハーンに代は移っている。フビライは国号を元とし、いよいよ、南宋をその手中に収めようとする。モンゴルの名将バヤンの軍勢が杭州臨安府(現在の杭州市)に迫る。

 国家存亡の一大事だが、南宋は豊かな国家だった。そして、その豊かさは優れた人材も多く生んでいた。この物語は、そんな人物たちの群像劇の趣がある。

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