花村萬月ほど、先の読めない作家はいないーー破天荒なエンターテインメント『姫』の衝撃

花村萬月『姫』の衝撃

 花村萬月ほど、先の読めない作家はいない。デビュー作『ゴッド・ブレイス物語』は音楽小説だったが、その後しばらくは、ミステリーの範疇に入れられる暴力小説が中心となる。広く注目されるようになったのは、1991年の『なで肩の狐』以降だったと記憶している。当時、夢中になって読んだものだ。

 ではなぜ、そこまで夢中になったのか。さまざまな要因があるが、一番は物語の先が分からないことだろう。花村作品の暴力は、いままでニコニコ話していた人が、いきなり殴りかかってくるような突発性があった。登場人物の行動も予測不能。だから常に緊張感を抱きながら、次に何が起こるかと、ワクワクしながらページを捲ることになるのである。かなり以前に書いた文章に、ちょうどいいものがあったので引用させてもらう。

「個人的な話になるが、この当時の花村作品でもっとも衝撃を受けたのが『真夜中の犬』である。詳しい内容には触れないが、暴力衝動を抱える貢という少年の、遍歴と成長の物語と思いながら読んでいたら、終盤で強烈な肘鉄を食らってしまったのだ。いや、そこまでの物語の流れがあって、この展開はありえないだろうと啞然呆然。実にとんでもない作家だと、あらためて実感したものである」

 このような思いは、作品の内容だけでなく、創作活動にも当てはまる。そもそも作者は自分の書きたい題材を、書きたいように表現しているだけで、ジャンルには拘泥していない。1998年に『皆月』で吉川英治文学新人賞を、『ゲルマニウムの夜』で芥川賞を受賞という、獲得した文学賞のふり幅を見ても、そのことがよく分かる。

 そんな作者は、2004年の『私の庭 浅草篇』から歴史時代小説に乗り出すのだが、このジャンルでも自由奔放。戦国時代の有名人を独自の解釈で描いた『完本信長私記』『太閤私記』『弾正星』、山田風太郎と半村良にオマージュを捧げた伝奇小説『錏娥哢奼(あがるた)』、最暗黒の時代小説といいたくなる残酷劇『日蝕えつきる』と、さまざまな作品を上梓しているのだ。そうそう、宮本武蔵を主人公にした全六巻の大作『武蔵』で、武蔵が吉岡一門百人を斬るのだが、それを百通りの文章で書き分けている。読んだときは、ビックリ仰天したものだ。本当に、何をしてくるか分からない作家なのである。

 だから最新刊の『姫』も、どんな話かとドキドキしながら読んだ。時は戦国。颱風と火事により、壱岐の儺島の支倉は壊滅した。生き残った網元の利兵衛は、颱風の最中に現れた南蛮船に乗り込む。鼠と蝙蝠に満ちた南蛮船。その船底には、幾つかの棺が置かれていた。棺の中には、西洋人の死体らしきものが入っている。さらに黄金の棺を開けると、死んだような赤ん坊が見つかる。抱き上げると、冷たいが生きているではないか。自らを姫と名乗る赤ん坊に、なぜか利兵衛は己の血を与えた。

 という発端で、これは吸血鬼を題材とした戦国ホラーかと思った。実は吸血鬼を扱った時代小説はそれなりにあるのだが、あの花村萬月がどう料理するのかと期待が高まる。だが、当然というべきか。こちらの予想を遥かに超えた、とんでもないストーリーが繰り広げられるのだ。利兵衛の血を得て、あっという間に成長する姫。かつて生まれることなく妻と共に死んだ子供を、姫に重ね合わせ、無私の心で接する利兵衛。そんな利兵衛を愛する姫。ふたりの関係は、父と娘であり、男と女であり、母と息子である。つまりすべてを包括しているのだ。

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