「21世紀の映画の可能性」を探る 『明るい映画、暗い映画』刊行記念・渡邉大輔×石岡良治トークショー
渡邉:『明るい映画、暗い映画』ではそこまで詳しくは触れてはいないのですが、指摘された時期の日本映画に起こった変革は、おそらく大きくふたつの流れに分けられます。ひとつは人間像の変化ですね。その先駆者になったのは増村保造です。彼はイタリアに留学し、国立映画実験センターで技術のみならず、ヨーロッパの「個」を重視した人間像を学びました。それまでの日本映画における人間像は、いかにも封建社会的というか、組織や家庭の中で生きることを前提としたものだったのですが(例えば小津安二郎)、増村は作品の中で、若尾文子を主演にした作品に象徴される、個人の価値観を重視した主体的な女性像を描き、日本映画を更新させていきました。それを受け継いだのが大島渚や今村昌平、吉田喜重といった作家たちですね。もうひとつは、表現スタイルの変革です。たとえば画角や色彩を工夫したり、アニメーションを入れたりといった技巧の変革ですが、そうした観点からは、中平康や鈴木清順、また市川崑などが代表的な作家として挙げられます。そのあたりは第1部の第5章で少し書きましたが、私自身の興味は、おもに後者にあります。
石岡:これは勝手な連想なのですが、鈴木清順と聞いて、アニメ版『AKIRA』(1988)を思い出しました。『AKIRA』は当時のアニメが持てる技術を駆使しつつも、スマートな作品というよりは、ネオ東京の描写に見られるように、どこかへんてこな猥雑さがあって、それが魅力にもなっています。印象としては、清順映画を見たときの印象に近いんですよね。
渡邉:鈴木清順は『ルパン三世』シリーズに関わっていた時期もありますし、そうした連想もけっして突飛ではないように思います。
黒澤明の後世への影響
石岡:ジャンルだけではなく、一人の作家が後世に多大な影響を与えることもあります。日本の映画監督で言えば、黒澤明ですね。ご承知の通り『スター・ウォーズ』(1977-)は黒澤映画から多くのヒントを得ていますし、スティーブン・スピルバーグやマーティン・スコセッシなど、多くの映画人が彼に対するリスペクトを表明しています。ただ、黒澤の評価は国によって割れていたりもする。たとえばアメリカで世界映画ベスト作品を選定する際には、黒澤作品は『七人の侍』(1954)をはじめ比較的上位に入るのですが、イギリスやフランスのランキングではそこまで高くはならない。逆にフランスで評価の高い、F.W.ムルナウの『サンライズ』(1927)はアメリカではさほど評価をされなかったりもして、国ごとにいろいろ違いがある感じですね。
渡邉:そうですね。黒澤作品は、80年代くらいからの日本のシネフィルからは長らくちょっと距離を置かれてきた印象があります。なぜかというと、蓮實さんの影響が大きい。実は私自身も、もともと中学から高校時代に黒澤映画を見るようになり、当初は「黒澤はすごい」と素直に思っていました。しかし、大学で蓮實さんの映画論を読むようになって、そこでは、溝口健二や小津安二郎が評価されているいっぽうで、黒澤映画がぼろくそに書かれていたんです。当時は素直だったので、権威ある人がこう言っているんだから、そうなんだろうと思うようになってしまって(笑)。でも、黒澤がだめということはもちろんなくて、たとえば同世代の北村匡平さんが最近訳された『黒澤明の羅生門 フィルムに込めた告白と鎮魂』(ポール・アンドラ著、新潮社)でも黒澤のすごさは伝わってくるし、黒澤映画はまだまだ探求の余地がある。また、蓮實さんが近年ではむしろ黒澤を評価していることを知って、自分も安易だったな、と改めて感じたりもして(笑)。
石岡:なるほど(笑)。黒澤作品の直接的な影響で言えば、セルジオ・レオーネの『荒野の用心棒』(1964)が例として挙げられますね。『用心棒』(1961)の盗作として裁判沙汰にもなりましたけど、いわゆるマカロニ・ウエスタンは『荒野の用心棒』から世界中に知られるようになりましたし、一般的に西部劇と言えば、マカロニ・ウエスタンのイメージが大きいのではないかと思います。同時に、『荒野の用心棒』はアニメやテレビゲームなどにも影響を与えています。小島秀夫さんが製作されているゲームにもその一端は見てとれますし、そう考えると、黒澤の影響は映画に留まるものではありません。
渡邉:単に突出した作品を作るということではなく、新しいジャンルを創出するということですね。
石岡:そうですね。そういう点で言えば、たとえば石ノ森章太郎は漫画家としてよりも、仮面ライダーとスーパー戦隊の産みの親として認識されているのではないかと思います。
ジャンルの横断ということに絡めて、最後にもう一つ。手前味噌ですが、私は『現代アニメ「超」講義』(PLANETS)という本を書いています。細田守さんや新海誠さんのような国民的アニメーションから、深夜に放映されるアニメーションまで、包括的な「現代のアニメ像」の考察を目指した一冊です。深夜アニメひとつにしても、他ジャンルからの影響は随所に見ることができます。たとえば、深夜アニメは性描写が売りのひとつですが、描写のあちこちに先行するアダルトゲームとの類似性が認められますし、クリエイターにしても奈須きのこさんのように、アダルトゲームからの影響を公言している方も少なくはありません。映画で言えば、70年代の日活ロマンポルノが、のちに一般映画で活躍する人材を多数輩出したケースにもなぞらえることができるでしょう。
渡邉:つながりは無数にあって、その探求に終わりはないですね。改めてとなりますが、映画というジャンルに限定するのではなく、他ジャンルに敷衍させて考えることでいろいろなものが見えてきますし、そういった意味で、今回石岡さんとお話ができてよかったです。ありがとうございました。
■書籍情報
『明るい映画、暗い映画 21世紀のスクリーン革命』
発売中
著者:渡邉大輔
ISBN 978-4-909852-19-9 C0074
仕様:四六判/327ページ
定価:2,750円(本体2,500円+税)
出版社:株式会社blueprint
Amazonリンク:こちら
blueprint book store:https://blueprintbookstore.com/items/613ec54247a53464eff127b9
※blueprint book store限定付録として、深田晃司監督と渡邉大輔の対談を収めた小冊子付き。