映画公開目前! 小説『ハケンアニメ!』が教え諭す、アニメにとっての“覇権”の意味
5月20日に実写映画が公開となる辻村深月の小説『ハケンアニメ!』(マガジンハウス)は、季節だとか年間といったスパンで売上げがトップとなる"覇権アニメ"の座を狙い、アニメの作り手たちがぶつかり合うバトル物かというとまったく違う。「ハケンアニメ?」と最後の記号を変えたくなるくらい、売上げ至上の風潮に疑問を示し、作り手たちが至高のアニメを探求する、熱い業界ストーリーになっている。
映画『ハケンアニメ!』の予告編で、「私、負けません。全部勝って覇権を取ります」と叫ぶ吉岡里帆演じる女性が斎藤瞳。アニメ制作会社最大手のトウケイ動画に所属する演出家で、初のテレビシリーズ監督作『サウンドバック 奏の石』(『サバク』)の制作に取り組んでいる。
もうひとり、予告編の中で尾野真千子が演じるプロデューサーの有科香屋子に殴られ、「親父にもぶたれたことないのに」とロボットアニメの名セリフを引用している青年が王子千晴。伝説の天才アニメ監督だ。
小説の『ハケンアニメ!』は、中村倫也が演じる王子監督に振り回される有科の苦労を描いた「王子と猛獣使い」から始まって、斎藤が柄本佑演じる敏腕プロデューサーの行城理と共に『サバク』作りに取り組む「女王様と風見鶏」へと続いていく。
「王子と猛獣使い」で王子監督が作ろうとしているのが、『運命線戦リデルライト』(『リデル』)という一種の魔法少女アニメだ。24歳で『光のヨスガ』(『ヨスガ』)という伝説的な作品を監督した王子だったが、その後に手がけようとした作品で現場とぶつかり降板が相次ぎ、しばらく作品を作れないでいた。
そんな王子監督に『ヨスガ』で惹かれた有科が声をかけ、『サバク』の制作に乗りだしたものの3話まで脚本が上がった段階で王子監督がいなくなってしまった。脚本ができていれば絵コンテを作り、作画に入ることも出来たが、王子監督は脚本家たちを辞めさせ、全部自分で書くと言い出した上に行方をくらましたものだから現場は大混乱。王子監督を降板させるギリギリの段階まで来ていた。
アニメ制作にプロデューサーなり制作進行として携わったことがある人なら、内蔵がギュウギュウと締め付けられそうなシチュエーション。四面楚歌の中、王子監督の帰還を信じる有科の、『リデル』から得られた感動を今一度、大勢に伝えたいという気持ちが描かれる展開から、命懸けでアニメ作りにのぞむ人たちの思いの熱さを感じ取れる。
そうやって作られた『リデル』に、同シーズン放送の『サバク』で挑むことになったのが斎藤監督だ。有名私大の法学部に入り、卒業後は公務員になると思っていた時に出会ったテレビアニメに感化され、大学とは別にアニメの専門学校にも通いアニメのことを学んでトウケイ動画に入社した。
その斎藤監督が、アフレコ現場で演技が出来ないと泣き出した声優に、なぜ泣くのかと詰問するシーンが現実をモデルにしているかは不明だが、作品のクオリティをとことんまで高めたいと突っ走るクリエイターの気質はうかがえる。同時に、ギスギスとしてしまった現場と関係を改善していく中で、声優も原画もプロデューサーも誰もが作品を最高のものにしようと思っていることも見えてくる。
そうした作り手たちの思いに触れるほどに、『リデル』と『サバク』のどちらが“覇権アニメ”なのかを問うことの虚しさ覚えるようになる。
『リデル』の完成披露イベントで、王子監督がインタビュアーに問われて、「嫌な言葉ですね」と答えるところから繰り広げられる“覇権アニメ”への見解に、売上げなど二の次で、見た人の記憶に残ったか、時代に名前を残せたかがアニメにとっては重要なのだといった理解が浮かんでくる。
“最も”人の心を打ったアニメを“覇権アニメ”と呼ぶようになった状況の変化も示される。ただ、衆目が一致する1番の人気作品が見えてきたとしても、それ以外の作品を見た人が1番だと思えば、それがその人にとっての“覇権アニメ”だということもストーリーから伝わってくる。
覇権アニメとは何なのか? そんな問いを投げかけ、答えに近づく道を示してくれるという意味で、「!」より「?」が相応しいとのではないかと、改めて指摘しておこう。
『ハケンアニメ!』とスピンオフ作品集『レジェンドアニメ!』(マガジンハウス)は、アニメの仕事とは何かを知ることができる作品でもある。『ハケンアニメ!』に収録の「軍隊アリと公務員」では、アニメの舞台となった地域が観光客を呼び込もうとする時の、権利元とどう付き合うか、地元の無理解をどう説得していくかといった問題点が綴られる。
『ハケンアニメ!』の文庫版と『レジェンドアニメ!』に収録の「執事とかぐや姫」では、人気アニメにつきもののフィギュアを手がけるメーカーの企画担当や原型師が、どのような思いで仕事に向き合っているのかが描かれる。
面白いのが、『レジェンドアニメ!』に収録の「ハケンじゃないアニメ」という1編だ。30周年を迎えるようなご長寿アニメが売上げでも印象でもトップの“覇権アニメ"になることはない。それでも、携わっている人たちは高いモチベーションで作品を作っていることが分かる。『サザエさん』でも『ドラえもん』でも『おじゃる丸』でも毎週しっかり見ようと思えてくる。