異例尽くしのデビュー作『同志少女よ、敵を撃て』はなにが凄いのか? 現役書店員が魅力を解説
今、多くの書店の平台の目立つところに置かれ、飛ぶように売れている本がある。逢坂冬馬のデビュー作『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)だ。刊行前からSNSでも話題沸騰、ゲラを読んだ多くの書店員からの熱狂的な支持を受けて、2021年11月に発売されるやいなや、重版に次ぐ重版。現在も、文芸書ランキング上位にある。定価2090円、全492ページの大作、第二次世界大戦時のソ連の女性狙撃手がヒロインという、決して万人が手に取りやすいとは言えない作品が、なぜこんなに話題なのか。
理由の一つとして挙げられるのは、まず、異例尽くしのデビュー作であるということ。選考委員全員が最高点をつけるという史上初の快挙を成し遂げての「第11回アガサ・クリスティー賞」大賞受賞から始まり、第166回直木賞候補作に選出されたことも話題となった。さらに、先日1月20日に発表された、書店員の投票によって決まる「2022年本屋大賞」ノミネート10作にも選ばれ、より一層注目されている。
次に、決して話題負けしない、読みだしたら止まらない傑作であるということ。モスクワ近郊ののどかな農村で、母子共に狩りをして暮らす、プロローグ当初16歳のヒロインセラフィマは、その2年後である、独ソ戦が激化する1942年、大学への入学が決まり、学んだドイツ語を活かして外交官になって、ドイツとソ連の橋渡しをして世界を平和にしたいという大きな夢を抱いていた。そんな彼女がどうして狙撃兵となり、スターリングラードを皮切りに、独ソ戦の最前線に立ち、目の前で多くの仲間を失い、自らも多くの命を奪いながら、多くの市井の人々の命が惨たらしく奪われていく生き地獄のような光景の中をひた走ることになったのか。
ドイツ軍による急襲によって、故郷の村と家族、全てを失ったセラフィマは、自分を救うと同時に、母親の遺体を焼き払った赤軍の女性兵士イリーナに「戦いたいか、死にたいか」と投げかけられる。「戦う」ことを選んだ彼女の胸の奥には、母を撃ったドイツ人狙撃手イェーガー、そして母の遺体と家族の思い出を侮辱したイリーナに対する復讐心があった。
本作は、セラフィマら女性だけで編成された狙撃小隊が見つめた生と死、戦争の悲惨さを描く。驚くべきことに、ソ連に女性狙撃手は実在したという。作中にあるソ連の500人以上の従軍女性からの聞き取りによって描かれた『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著,岩波現代文庫)についての記載や、実在する女性狙撃手、リュミドラ・パヴリチェンコの登場など、事実に基づいた描写の数々は、多くの読者にとって、これまで知らなかった第二次世界大戦の一面を知るきっかけとなることだろう。
それと同時に、セラフィマによる執念の復讐劇としてのストーリーラインもしっかりと確立されており、また、幼馴染であり、平穏な日々が続けば未来の婚約者のはずだった男性・ミハイルの登場によってロマンスの片鱗をも匂わせるといったエンターテイメント性も持ち合わせている(ただしロマンスは彼女を救ってくれはしない)。
さらには彼女が、イリーナを教官とした訓練学校で出会う、同じく家族を亡くし、それぞれの理由で戦うことを選んだ、後に唯一無二の仲間となっていく、個性溢れる少女たち。彼女たちが狙撃手として急ぎ足で育て上げられる訓練学校での日々は、ドラマ『教場』タイプの異種の学園ものを思わせる一面もあり、その後、戦火の中を命懸けで共闘する彼女たちの姿は、シスターフッド小説としても上質だ。