北丸雄二×川本直が考える「LGBTQ+」をめぐる議論の最新動向 「ジェンダーとセクシュアリティは民主主義の問題」

北丸雄二×川本直「LGBTQ+」議論の最新動向

民主主義にとってのジェンダーとセクシュアリティ

北丸:都立大学での宮台真司先生のゼミに週1回通っているのですが、最近濱口竜介監督の『偶然と想像』の話になりました。男性と女性の関係性を描いた三部作なのですが、女性の関係は男性に比べて開かれているんですよね。女性は久しぶりに会った時、身振りや声でちゃんと喜びを表現するけど、男性はそれをしない。男性もうれしがっているはずなのに、それを表現しないのはどうしてだろうという話になりました。ただ、最近の若い男性たちはそれが自然にできるようになってきているんですよね。だからホモソーシャルはホモソーシャルでいいんだと思うんです。女子会みたいな男子会なら、それにくっついている変な自尊心とか、ホモフォビア(同性愛嫌悪)やミソジニー(女性嫌悪)が出てこないでいられるんじゃないか。少なくともそれを、意識的に遂行できるんじゃないか、と。  

川本:最近の若い世代は本当に変わってきていますね。BLが簡単に手に入るので、10代のうちに腐女子と親しくなって育ち、友人は腐女子ばかりという若いゲイも多いです。  

北丸:BLの受け取られ方も変わってきましたね。90年代はやおい文化とゲイムーブメントが対立し、男たちの関係性が女性に消費されることへの争いもありましたが、次第に男同士の友情か愛情かわからないブロマンスのような関係性がメインメディアで取り上げられるようになりました。そして情報が行き渡るなかで、若い子たちが自分は何者であるかを補填するようになっていった。時代の移り変わりを見ていると、本当に長生きして良かったと思いますよ。  

 そうして新しい世代が育っていくにもかかわらず、なかなか年長者世代の情報更新がなされない。文学の場でクィア小説が取り上げられても、「男の職場」の異性愛男性規範が変わらない。  

 例を挙げると、80年代にポーランドの「連帯」という労働者組織が世界的にもてはやされた時代がありました。当時ソビエト文化圏だったポーランドで誕生し、権威主義に立ち向かった労働者組織です。特に創始者のレフ・ワレサはヒーロー的な存在で、1983年にはノーベル平和賞も受賞しました。日本でも講演を行っています。 

 ところが、彼が演説のなかで「ホモたちを駆逐しろ」と言ったことがある事実は、日本ではほとんど知られていません。当時レフ・ワレサを日本に招いた、メインストリームの男性たちですらです。現在のキャンセルカルチャーであれば、銅像が倒されたり、ノーベル賞を剥奪する運動が起きたりしてもおかしくないですが、ポーランドは厳格なカトリックの国で、宗教の問題からワレサのキャンセルには至らなかった。でも、「ホモたちを駆逐しろ」というのはもはや宗教じゃなくて殺人ですからね。  

 ポーランドは今でも性的少数者への弾圧が根強いです。1980年代には「ヒヤシンス作戦」というゲイの身辺調査を行い、秘密警察が1万人規模の性的少数者、当時は「性的倒錯者」と言われた人のリストを抱え込みました。そのリストは今でも破棄されていません。世界ではこうした実態があるにもかかわらず、日本のメインストリームが「セクシュアリティへの差別がいけない」と強く主張しているかというと、まだまだ足りない。  

川本:どうして必死になって法制度を整備したり、ヘイトスピーチを禁じるのかというと、そうしないと殺されるからなんですよね。なのに、日本では「いきすぎではないか」という声が上がる。  

北丸:この現実をどうすれば超克できるのか。アメリカでトランプの支持率が高かったバイブルベルト、ラストベルトでは、経済格差が情報格差につながっています。インターネットの普及によって地元のラジオ局や新聞社がどんどん潰れて、日常的な情報がどんどん手に入らなくなっていき、そのなかで陰謀論や反知性主義が広がっていく。だからトランプが出てきたからポスト・トゥルースの時代になったのではなくて、ポスト・トゥルースの時代だからトランプが出てきたんですよね。  

川本:国民が選ばなければ、トランプのような人がいくら立候補しても大統領にはならないですからね。  

北丸:どうしてトランプが選ばれたのか。しっかり片をつけないと、また第二のトランプが登場します。そしてそうした政治が力を強めていくと、民主主義は非効率的で機能していないと考える人が増えていく。「中国を見ればコロナ対策は(表面上は)うまくいっているし、経済だって統制経済だから効率が良いじゃないか」とね。  

 昔は独裁主義と言われていましたが、今は権威(オーソリティ)主義と言われますね。あるいは、当局(オーソリティ)主義。「当局に任せておくほうが効率的で、そのほうが社会はうまくいく」という風潮です。これは中国をはじめブラジルや色々な国で進んでいて、民主主義の国がどんどん少なくなりつつあります。せっかく20世紀に獲得した民主主義が、どんどん沈んでいく。  

川本:現在の中国は好景気ですけど、同性愛のことを考えれば、まったく自由ではありませんからね。今も同性愛者の自殺は多いし、BL作家も投獄されています。  

北丸:当局主義とは男性主義のことです。そんな国では、まず女性たち、あるいは女性性が虐げられます。そして、その向こう側には必ず性的少数者への迫害がある。当局主義に対抗する手段は何かと言うと、人間が〈個〉であることです。当局主義は全体を押さえようとしますから、そこからはみ出る〈個〉の存在でいることが対抗するための武器になります。  

 そして究極の個は、男性主義と対極のジェンダーとセクシュアリティにあると考えています。アイデンティティ・ポリティクスやポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)だけではなくて、それも民主主義にとっての重大なキーワードだということを、ぜひ憶えておいてほしいと思います。

 いやしかし、こうして川本さんとお会いできたのも、青山ブックセンターさんのおかげです。大変感謝しております。ありがとうございました。

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