音楽ジャーナリスト・柴那典が語る、ヒット曲から読み解く平成「新たな文化が花開いた時代でもあった」

柴那典が語る、平成のヒット曲

 音楽ジャーナリスト・柴那典氏による新書『平成のヒット曲』(新潮新書)は、1989年の美空ひばり「川の流れのように」から2018年の米津玄師「Lemon」まで、平成30年を彩ったヒットソングを1年につき1曲ずつ紹介するとともに、各楽曲がどんな現象を生み出し、社会になにをもたらしたのかを考察する一冊だ。ヒットソングを通して平成という時代を読み解くことで、その実像を浮かび上がらせようとした意欲作である。同書を執筆する中で、改めて気づいた平成のヒット曲の豊かさについて、柴那典氏に話を聞いた。(編集部)

ディケイドでの浮き沈みが明確に見えた

柴那典『平成のヒット曲』(新潮新書)

――音楽史を語るときは、西暦をもとにするのが一般的ですが、同書はあえて日本独自の平成という括りで30年の流れを捉えています。この括りにはどのような意図がありますか。

柴:仰るように、ポップミュージックは基本的に90年代、00年代、10年代とディケイドで語る方がしっくりくるものだと思います。自分にとっても西暦の方が染み付いているので、実際に本書も西暦を軸にして書いています。それでも平成という括りにしたのは、やっぱり30年という区切りの良さがありますし、90年代から10年代まで、3つのディケイドを一気に語ることができるというメリットがあったからです。1989年から2019年を扱っているので、微妙なズレはあるものの、ほぼ10年単位で日本の音楽史を俯瞰することで、ようやく見えてくるものがあるのではないかと考えました。結果として、自分なりの平成観を提示することもできたと思います。

――ディケイドで括って、実際にどのような状況が見えましたか。

柴:音楽業界の10年単位での浮き沈みが明確に見えました。90年代は音楽業界が産業として頂点を迎えていましたが、00年代には音楽とインターネットの相剋があり、10年代に入るとソーシャルメディアとスマホ以降という、これまでとは全く切り口の違う流行が見られるようになりました。平成というと「モヤモヤした、とらえどころのない時代」というイメージを持つ方も多いと思いますが、音楽というフィルターを通して眺めてみると、意外なほどクリアーに見通せる時代です。

――ミリオンセラーの時代(1989~1998年)、スタンダードソングの時代(1999~2008年)、ソーシャルの時代(2009~2019年)という見立てはわかりやすく、たしかに時代の空気を反映しているように感じました。

柴:そうですね。90年代はミリオンセラーが乱発していて、音楽業界は景気が良かったし、スターもたくさん出てきた時代でした。00年代をスタンダードソングの時代としたのは、SMAPの「世界に一つだけの花」(2002年)や森山直太朗の「さくら」(2003年)など、歌い継がれる名曲がたくさん出てきた時代だからです。一方で、前著の『ヒットの崩壊』でも指摘したように、これまでのミリオンセラーの方法論が通用しなくなっていった移り変わりの時代でもありました。10年代は引き続き、音源のセールス面では厳しい時代が続いていましたが、ソーシャルメディアなどによって従来とは異なる形のヒット曲が生まれてきました。2001年の9.11同時多発テロや、2011年の東日本大震災など、大きな歴史的事件もまた音楽家たちにも多大な影響を与えていて、それによってヒットの磁場が変わったところもあります。本書の三章構成は、実は最後に決めたのですが、なるべくしてなった形だと思います。

――1年に1曲を選んでいく構成も面白い試みです。選曲の基準は?

柴:まず、時代を語る上で絶対に外せない曲を選んでいます。たとえば美空ひばりの「川の流れのように」は、昭和から平成への移り変わりを象徴する楽曲として外せませんでした。SMAP「世界に一つだけの花」、サザンオールスターズ「TSUNAMI」(2000年)、米津玄師「Lemon」(2018年)なども、その年代を象徴する楽曲です。一方で、年間ランキングの1位ではないけれど、次の時代の先駆けになっていたり、変化の予兆を感じさせる楽曲も意図的に選んでいます。森高千里「私がオバさんになっても」(1992年)やhide「ピンク スパイダー」(1999年)、Perfume「ポリリズム」(2007年)、ピコ太郎「PPAP」(2016年)などがそうです。

インターネットとhide「ピンク スパイダー」

――1998年の1曲がhide「ピンク スパイダー」だったのは意外であり、とても興味深く読みました。同年は日本の音楽業界にとって特別な1年だったと思います。

柴:宇野維正さんの書籍『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)でも書かれている通り、宇多田ヒカル、椎名林檎、aiko、浜崎あゆみが登場した年であり、SMAP、モーニング娘。、SPEEDなども大活躍していました。オリコン年間1位はGLAY「誘惑」でしたし、L’Arc-en-Cielも代表曲の一つである「HONEY」を「花葬」「浸食 ~lose control~」と共にシングル3作同時発表しています。選びたい曲、書きたい曲が山ほどある1年で、なにを取り上げるかは本当に悩みました。結局、宇多田ヒカルを翌年の「First Love」で取り上げることにして、この年でしか取り上げることができないだろうhide「ピンク スパイダー」にしました。hideは平成を代表するバンドの一つであるGLAYを見出した一人でもあるし、当時の洋楽のオルタナティヴ・ロックや勃興期にあったフェス文化に通じる存在でもあった。このことが象徴するように、hideはあらゆるシーンに通じるハブのような存在でもありました。

――「ピンク スパイダー」はJ-POP史上、初めてインターネットを題材にしたヒットソングであるという指摘は刺激的でした。当時はインターネットが一部にしか普及していなかったので、hideのコンセプトはあまり伝わっていなかったかもしれませんが、本書を読むと彼の主張が本当に時代を先取りしていたことがわかります。

柴:今回の記事を書くにあたって、当時のhideの発言やインタビューをたくさん読みました。そこで、なぜ「ピンク スパイダー」という曲名にしたのかを調べたら、当時のhideはインターネットに夢中で、ウェブ=蜘蛛の巣、そこからスパイダーを連想していたことがわかったんです。1998年はGoogleが立ち上がり、Windows 98が出た年で、たしかにインターネットは一部で流行り始めていたけれど、この時代にネットにのめり込んでいた大物ミュージシャンは僕の知る限りではhideと佐野元春くらいだったように思います。いずれは自分の代わりにホログラムを使用してライブをすることも予見していて、hideは真のヴィジョナリストだったんだなと改めて思いました。

――「ピンク スパイダー」の歌詞は、いま読んだ方がずっと理解できるというのも、面白いところです。

柴:「嘘の糸張りめぐらし/小さな世界/全てだと思ってた」とか、フェイクニュースが蔓延して、それぞれがそれぞれの正しさを持って争いあっているような現在の状況をビビットに予見していますよね。90年代末は新しいテクノロジーに対して高揚感を抱いていた人が多く、警鐘を鳴らすような人はほとんどいませんでした。

 「ピンク スパイダー」には「PINK CLOUD ASSEMBLY」というアンサーソングがあって、そこで使われているクラウドという言葉は、雲と蜘蛛の同音異義語だと思うんですけど、現在の感覚だとネットワーク上の“クラウド”を連想させます。きっと偶然だと思いますが、やはりhideは預言者だったと感じざるを得ません。

――この年に「ピンク スパイダー」を挙げたことで、00年代~10年代の見立てがかなりクリアーになりますね。本書の後半では、インターネットと音楽の関係が大きなテーマになっていきます。

柴:2006年のレミオロメン「粉雪」も、初期のニコニコ動画で盛り上がった楽曲でした。サビに合わせて、ユーザーがいっせいにコメントを書き込む「弾幕」で人気を博したのですが、残念ながら今はニコニコ動画で観ることができません。ここから、2012年の黒うさP「千本桜」や2018年の米津玄師「Lemon」にまでつながるストーリーライン、ボーカロイドのシーンから新たな日本のヒット曲が生まれる流れが説明できるのですが、当時は音楽業界側がインターネットを敵対視していたところがあったので、「粉雪」は消されてしまいました。もしもこの時期から、日本の音楽シーンがインターネットを使って海外にファンダムを広げるという選択肢をとっていたら、また違った景色が見えたのかもしれません。

ーー本書を読むと、インターネットがCDの売り上げを奪うものから、新しい才能のインキュベーターであると認知されるまでに、相応の時間がかかっていることが見て取れます。

柴:インターネットからスターが登場したことで、ヒットソングが世の中に戻ってきたという流れをポジティブに描けたのは、やはり米津玄師の「Lemon」があったからですね。「Lemon」は誰もが認める国民的大ヒット曲で、みんなの心の中に強く打ち込まれた楔のような作品だと思います。平成30年の音楽シーンの変化を読み解くと、最後に「Lemon」が登場したのは必然だったとすら感じられます。心からいいと思っている曲について、熱意と情熱を込めて書くことができたのは、書き手としても嬉しい限りです。

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