音楽ジャーナリスト・柴那典が語る、ヒット曲から読み解く平成「新たな文化が花開いた時代でもあった」

柴那典が語る、平成のヒット曲

平成に生まれた新たな価値

――1993年のtrf「EZ DO DANCE」で、日本にもダンスの時代が来ることを示しているのも興味深かったです。日本人はダンスが苦手だとはずっと言われていましたが、昨今のTikTokなどを見ていると、すっかり若者にとってダンスは身近な文化になっているという印象を受けます。

柴:「EZ DO DANCE」を書いた時点で、この伏線を回収するのは三代目 J SOUL BROTHERSの「R.Y.U.S.E.I.」(2014年)だと確信していました。どちらもエイベックスの作品で、もとを辿るとエイベックス創業者の松浦勝人とEXILE HIROが出会ったという横浜の貸レコード店「友&愛」にまでルーツが遡れます。現在のダンスを取り巻く状況は、90年代から準備されていたという物語も本書で描きたかったことの一つです。

――AKB48「恋のフォーチュンクッキー」や星野源「恋」も、ダンスを通じて大きく広がっていった曲で、そうした流れはいまも続いていますね。

柴:たくさんの人が踊りを通じて1つの曲に参加することによって、ヒットが形作られるという流れは、昭和の時代にはほとんどなかったことです。70~80年代のディスコブームやタケノコ族のムーブメントもありましたが、世代を超えた踊りの場といえば盆踊りくらいのイメージだったのが、この30年で大きく変わりました。「EZ DO DANCE」は曲名からして、「みんな簡単に踊れるんだよ」というメッセージを発信していて、それは2020年代まで続く文化現象のスタート地点になっている。AKB48「恋のフォーチュンクッキー」、星野源「恋」もそうですし、米津玄師が書いたFoorinの「パプリカ」も幼稚園児や未就学児、小学生が踊っていました。子どもたちが踊っているということは、ダンス文化はこの先10年、20年と続いていくはずです。ダンスとインターネットの興隆を見ると、平成というのはただ失われるだけの時代ではなく、新たな価値、新たな文化、新たなスタイルが花開いた時代でもあったと言えるでしょう。

――「あの頃は良かった」とノスタルジックに語られがちな時代にも、実際には良いことと悪いことの両面があると思います。平成の音楽シーンに起こった文化現象を批評的に論じつつもポジティブに捉え直したところに、本書の真価があると感じました。

柴:ありがとうございます。すでに今、90年代へのノスタルジーは始まっている状況で、本書もまた30~40代の読者が「あの頃は良かった」と懐古主義的に読むことができるものではあります。そうした読み方ももちろん嬉しいのですが、僕の期待としては特に若い世代に本書を読んでほしいと願っています。彼らが現在進行形で親しんでいる音楽やトレンドが歴史の積み重ねのうえにあるもので、平成の音楽とも地続きで繋がっているのだと感じてもらえると、ポップミュージックをいっそう豊かに楽しんでもらえるのではないか。実際、Apple MusicやSpotifyで本書で紹介している楽曲のプレイリストを作り、聴きながら読んでくれた方もいるようです。サブスクリプションサービスの浸透によって、あらゆる音楽をフラットに聴くことができる今だからこそ、本書を通じて平成のポップミュージックの豊かさを再確認していただけたら、著者としてこれほど嬉しいことはありません。

■書籍情報
『平成のヒット曲』
柴那典 著
価格:946円(税込)
出版社:新潮社

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