『かげきしょうじょ!!』国広茂登の存在が示す「挫折からの再生」という大きなテーマ

『かげきしょうじょ!!』国広茂登が重要な理由

※本稿は漫画『かげきしょうじょ!!』、アニメ『かげきしょうじょ!!』のストーリーに触れております。未読・未視聴の方はお気をつけください。

 大正時代に創設され、女性のみで構成される紅華歌劇団。斉木久美子による漫画『かげきしょうじょ!!』(白泉社「メロディ」で連載中)は、紅華歌劇団付属の音楽学校を舞台に、100期として入学した渡辺さらさら7名の少女の青春の日々を描く。

 群像劇という形式をとる『かげきしょうじょ!!』では、ストーリーの中心となる100期生だけでなく、先輩や音楽学校の教員、さらにはさらさと関わりのある歌舞伎界の面々にもスポットライトが当たる。サブキャラクターの背景も掘り下げられることで、『かげきしょうじょ!!』の世界には、生徒たちの切磋琢磨だけに留まらない奥行きが生まれるのだ。

『かげきしょうじょ!!』人物評
沢田千夏と千秋は共依存からどう抜け出した? 異なる個性が花開くまで
星野薫のひたむきな姿勢が生んだ小さな奇跡 人間味あふれる魅力に迫る
なぜ山田彩子を応援したくなるのか? 稀代の歌姫が開花するまで
なぜ杉本紗和に感情移入してしまう? 真面目な秀才&ガチヲタという人物像に迫る

国広茂登と渡辺さらさの挫折

 そんな『かげきしょうじょ!!』のなかで、サブキャラクターをメインに据えながら、忘れがたい読後感を残すエピソードがある。それが、コミックス第1巻に収録された、紅華音楽学校名誉教授・国広茂登にまつわる挿話だ。 

 だが国広茂登といっても、『かげきしょうじょ!!』のアニメ派はピンとこないだろう。国広関連の話は、残念なことにテレビアニメ版には登場しない。しかしながらこのエピソードは、紅華を誰よりも愛する男の物語であり、と同時にそこには戦禍とエンターテインメントというテーマも織り込まれている。現時点では原作でしか味わえない、国広をめぐるシーンを取り上げてみていきたい。

 さらさたち100期生は、演劇の授業なのに実技がなく、講義ばかりを聞かされる現状の教育カリキュラムに物足りなさを覚えていた。怖いもの知らずのさらさは、演劇の教師・安道守に実技もやりたいと申し出る。安道は生徒の意向を汲み、実技を取り入れる改革を会議で提案するが、紅華歌劇団の伝統を重んじる名誉教授・国広茂登はその案に強く反対した。

 安道から「ただの頑固じいちゃん」とぼやかれる国広だが、彼の紅華愛は誰よりも強かった。戦前から60年以上にわたり歌劇団に寄り添ってきた自負があり、だからこそ新参者の安藤が伝統を変えようとするのが気に食わない。安道に腹を立てながら散歩をしていた国広は、偶然道でさらさと出会う。国広が名誉教授だと知らないさらさは、彼を紅華の熱心なファンだと勘違いし、気さくに話し込んだ。

 80歳を超える国広と、16歳になったばかりのさらさ。一見大きく異なってみえる両者だが、実はこの二人はそれぞれに憧憬と挫折を体験した、いわば鏡像のような関係でもあるのだ。

 少年時代の国広茂登の夢は、紅華歌劇団の舞台に立つことだった。だが彼は男に生まれ、女性だけしか入団できない紅華の舞台には上がることができない。美しい夢の舞台への切ないまでの憧れと、その扉が自分には開かれていないと知ったときの挫折感が彼を打ちのめす。

 さらさもまた歌舞伎で、同様の挫折を味わっていた。彼女は幼い頃から歌舞伎役者の家元で日本舞踊を学び、関係者からもその筋のよさを認められている。さらさは歌舞伎の世界でも屈指のヒーロー・助六を演じたいと夢見ており、子役時代には一度だけ代役として歌舞伎の舞台にも立った。

 だが子役はあくまで例外的な存在で、歌舞伎の世界は女人禁制だ。幼いさらさはその事を理解しておらず、自分に投げつけられた絶対に助六にはなれないという言葉で、初めて現実を知ることになる。

 女性だから歌舞伎役者にはなれないという挫折を体験したさらさは、その後“オスカル様”という新たな憧れを見つけ、紅華歌劇団の世界へと進んだ。だが助六の思い出は今もトラウマとなっており、天真爛漫な笑顔にときおり影を落としていく。

 一方、紅華に入団できない国広は、それでもなんとか関わりたいと脚本演出家を志した。彼は憧れの冬組トップスターで“白バラのプリンス”こと櫻丘みやじの出待ちをして、台本をみせてほしいと頼み込む。

 「私は男子ですので 紅華歌劇団の舞台に立ちたくてもそれを許してもらえません」「私は紅華の舞台を作りたいと思いました 夢の舞台の住人になれなくとも 私が物語を作り 皆にあの魔法のような世界の夢をみせさせたい!」

 少年のひたむきな情熱と、自分が一番素敵だから声をかけたという言葉を気に入った櫻丘みやじは、「それは君にあげるよ少年 こっちに来るのを待っているよ 約束だ」とサイン入りの台本を国広に手渡した。

 そして国広は後年夢を叶え、紅華歌劇団の脚本演出家となり、憧れの紅華の世界を支えるスタッフとして活躍する。さらさと祖母の思い出の演目である「巴里の白い花」も実は国広が手掛けた作品なのだが、彼女はまだそのことに気がついていない。

 『かげきしょうじょ!!』という作品のテーマの一つが、「挫折からの再生」だ。キャラクターはそれぞれの苦境を乗り越えようと奮闘するが、なかでも国広とさらさが味わった挫折は鏡合わせの関係にある。そしてさらさの言葉が、愛する紅華の歴史を重視するあまり、頑なになっていた国広の心を解きほぐしていく。

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