是枝裕和、江口寿史を魅了する、俊英・高妍の最新作漫画『隙間』の凄さ キャラクターに命を吹き込む「間」の描き方

独特な「間」で描く、高妍新作『隙間』

 台湾のイラストレーター兼漫画家の高妍(ガオイェン)といえば、2022年に刊行された『緑の歌―収集群風―』(上・下)の高評価が記憶に新しいところだろう。そんな高の最新作『隙間』の1・2巻が、先ごろKADOKAWAより同時発売された。

『隙間』の主人公は、楊洋(ヤンヤン)という名の台湾の少女。たった1人の家族だった祖母を亡くしたうえ、秘かに想いを寄せていた男性に恋人がいることを知った彼女は、半ば逃げるようにして故郷を離れる。台湾からの交換留学生として沖縄県立芸術大学に通うことになったヤンは、下宿先や大学で出会った日本の人々と交流していく中で、自らのアイデンティティとあらためて向き合うことになる。

「台湾」と「中国」、「台湾」と「日本」、「沖縄」と「本土」、「個人」と「社会」、そして、「男」と「女」……。単純な二項対立では捉えることのできない様々な問題が「隙間」をつくり出し、人と人との距離を遠ざける。

 ヤンはそんなどうにもならない“現実”について、日本という「異国」で考える。故郷から遠く離れた場所だからこそ、見えてくるものがあるからだ。そして、台湾の歴史と、沖縄の歴史、懐かしい祖母の思い出が交じり合い、様々な「隙間」を埋めるには何をすべきか、彼女はしだいに理解しはじめる。

「個人」が変われば「社会」も変わる

 ちなみに、前作の『緑の歌』同様、本作でも作者の過去の経験が物語に大きく反映されている(たとえば、高妍は、ヤンが通う沖縄県立芸術大学に短期留学していたこともある)。

 つまり、主人公のヤンは、かつての(いまの?)高の分身と考えていいと思うが、かといって、本作が自伝的な作品かといえば、そういうわけでもない。高はプライベートな要素を作中に散りばめながら、もっと広い社会に向けて、「大きな物語」を伝えようとしているのだ。

 このことを言葉で説明するのは非常に難しいが、要は、一見どうにもならないように思える歴史の流れや社会の動きは、「個人」と関係のない話などではなく、むしろ、1人1人の、すなわち「個人」の物語が集まった結果なのだ、ということなのかもしれない(その点では、ヤンにとって、台湾の歴史と祖母の思い出は等価である)。

 別のいい方をすれば、1人1人が正しい判断をし、仲間とともに声をあげていけば、社会は変わる。そのためにも、まずは自分を知り、他者を理解していこう。そして、マイノリティであることが普通である、と皆が考えるような社会を築いていこう。本作で作者が描こうとしているのは、たぶんそういうことなのではないだろうか。

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