町田そのこが語る、母と娘の向き合い方 「自分の人生は誰にも譲ってはいけないし、責任を押しつけてもいけない」
次はまるで違うものも描いてみたい
――今作では、聖子が少しずつ認知症の症状が強くなってきて、介護小説としての側面も描かれますね。町田:これも、ちゃんと書いてみたかったんですよね。私は祖母が大好きで、私のことも、私の子どもたちのこともよくかわいがってくれていた。それなのに彼女が認知症になったとき、私は何もできなくて……。寝たきりになった彼女のおむつも替えられなかった、ということがひどく心に残っているんです。グループホームに入っていたんですけど、介護士さんから「おむつを交換するので外に出ていてください」と言われたとき、私は言われるまま、部屋の外に出るしかなかった。介護の仕事をしてるいとこは「手伝います」って言ったのに。情けなかったですね。あんなに面倒を見てもらった祖母のおむつ交換を私は拒否するのか、って。でも、だからといって、私がそこで歯を食いしばっておむつを替えたところで、誰かが救われるんだろうか、祖母は満足するんだろうかと……すごく、考えました。
――「自分の手でやることを美徳だと思うな。寄り添いあうのを当然と思うな」という聖子のセリフは、そんな思いからも生まれているんですね。
町田:やれるに越したことはない、とは確かに思います。でも、本人が本当にやってほしいと思っているのか、自分にそれだけの力があるのか、ということは、とくに介護ではよくよく考えないといけないですよね。肝心なときに支えあえる家族、という理想像はたしかに彼女たちに託したんですけれど、家族みんな一緒で支えあうことがすばらしい、という言葉が呪いになってもいけないなと思います。家族というのは、誰もが健やかに心地よく過ごせるように、適切に運営されていかなければならないんだ、と。こと介護の問題となると、誰もが納得できる正解というのがないので、やっぱり難しいんですけどね。
――認知症になった聖子が、自分の過去と現在を行きつ戻りつしていく描写も、物語に深みを与えていて、最初におっしゃっていた「肉の厚さ」を感じました。
町田:そう言ってもらえると、うれしいです。認知症についていろいろ調べていると、いきなり若い頃の話をしはじめたりとか、みんな昔に戻るんだな、というのを知ったので、娘である千鶴の現在が気になりながらも、過去に引き戻されていく彼女、というのも描きたかったんです。現時点では、自分にできる精いっぱいで、肉をつけられたかなあと思います。だから個人的には『52ヘルツのクジラたち』より好きだって言われると、ニヤニヤしちゃいます(笑)。
――『52ヘルツのクジラたち』に救われた読者もたくさんいると思うので、なかなか言いづらいと思いますが……(笑)。作中には、クジラにからめたモチーフも登場しますね。
町田:ちょっとふざけてしまったので怒られるかなと思ったら、何も言われなかったのでそのまま進めました(笑)。
――続編ではないけれど、テーマとしては連なるものもある作品なので、読者としてはうれしかったです。今後も、母娘というテーマで、書かれていくのでしょうか?
町田:実をいうと、書けるものはとりあえず書ききったかな、という気持ちなんです。もともと、何か一つの主題を突き詰めたいというタイプではなく、『52ヘルツのクジラたち』で拾いきれなかったものを描きたい、というのが今作の発端でした。もちろん、親子というのは普遍的な関係なので、今後もさまざまなかたちで描いていくとは思いますが、次はまるで違うものも描いてみたい。たとえば、恋愛を主題にした小説とか。
――クズ男ではなく……。
町田:ではなく(笑)。恋人同士であったり、元夫婦であったり、親子とはまた違う形で人と人とが繋がる姿を書いてみたいですね。お互い愛情はあるのに、相性がどうにも悪いせいで苦しみが生じてしまうということは、血のつながりがなくてもあることだと思うので。
――作中にで〈ああ、なんだ。奇跡って、起きるんじゃないか。こんなにも、簡単に〉という言葉がありますが、町田さんはどんなテーマを掲げても、そういう奇跡を、これからも描き続けていかれるんだろうなと思います。
町田:そうですね……。「こんなにも簡単に?」って思ってしまえるときって、たぶん、乗り越えたときなんですよ。頑張って、頑張って、頑張った結果、引き寄せたものは、案外あっけなく思えたりもする。でもそれが、なによりも尊い。そんな奇跡に、誰もが出会えるはずだという希望を託して、今後も物語を紡いでいきたいです。
■書籍情報
『星を掬う』
町田そのこ 著
初版刊行日:2021/10/18
判型:四六判
ページ数:336ページ
定価:1760円(10%税込)
中央公論新社サイト:https://www.chuko.co.jp/tanko/2021/10/005473.html