町田そのこが語る、母と娘の向き合い方 「自分の人生は誰にも譲ってはいけないし、責任を押しつけてもいけない」

町田そのこが語る、母と娘の関係

 『52ヘルツのクジラたち』が2021年本屋大賞を受賞した町田そのこが、受賞後第一作となる長編小説『星を掬う』を上梓した。お互いにネグレクトを受けた主人公と少年の魂の邂逅を描いた『52ヘルツのクジラたち』に続く本作は、長年離れて暮らしていた母と娘が再会を果たし、それぞれの人生に向き合おうともがく物語だ。前作よりさらに重層的で深みを増した物語は、すでに各方面で高く評価されている。自身も母であり、娘でもある町田そのこは、同作にどんな想いを託したのか。立花ももが聞いた。(編集部)

クズ男を書くのが好きなんですよ(笑)


――遅ればせながら、本屋大賞受賞、おめでとうございます。受賞後は、胃薬を飲み続けたとか……。

町田そのこ(以下、町田):何箱飲んだかわかりません(笑)。これまでは自分の書きたいものを好きなようにゆっくり書いていこうと思っていたんですけど、読者の存在をより強く意識したことで、一作ごとにちゃんと成長しなければいけないという気負いが生まれて。というのも、『52ヘルツのクジラたち』は、やや自分本位な小説だったなと思っているんですよね。たとえるなら……骨は太いんだけど皮がはりついていて、お肉がないというか。次の作品を書くときは、もう少し肉付きのいい、毛細血管に血液が生きわたるような物語にしたい、という気負いもありました。

――『52ヘルツのクジラたち』でお話をうかがったとき、もう少し、主人公以外のまわりの人たちのことも書けばよかった、とおっしゃっていましたね。(「親が子を愛すというのもそんなに簡単なことじゃない」 作家・町田そのこが考える、虐待問題の難点

町田:それが“お肉”ということですね。あんまり太らせてもよくないんだけれど、物語に厚みが足りなかったんじゃないか、というのが反省点でした。

町田そのこ『星を掬う』(中央公論新社)

――そして書かれたのが今作の『星を掬う』。

町田:書き終えたのは本屋大賞にノミネートされる前だったんですが、授賞式を終えてそろそろ本にしましょうと言われ、原稿を読みなおしてみたら、あまりの雑さに愕然としてしまって。秋には刊行したいと言われていたのに、二カ月くらいかけて、ほとんど頭から、書きなおさせてもらいました。何をやってるんだ自分は、と情けなくなりましたけど、それをしなければだめだと思って。催促もせず、信じてじっと待ってくださっていた担当編集者の方には、感謝しかありません。

――今作は、小学1年生のときに母親に捨てられてしまった千鶴という女性が、あることをきっかけに母・聖子と再会し、母がオーナーをつとめるシェアハウスで暮らし始めるお話です。雑、と感じたのは、肉づきの部分……千鶴以外の人物描写が足りなかったということでしょうか。

町田:それもありますが、今作では、実の娘を捨てるという世間的には許されないことをしてしまった母親が、そうせざるをえなかったどうしようもない事情を、しっかり描きたかったんです。前作では、主人公・貴瑚の母親をはじめ、どうして子供につらくあたるのか、というところはあまり語らなかったので。でも第一稿では、その事情を追う過程がどちらかというとミステリーのように描かれていて。知りたいのは“理由”ではなく“想い”なのだから、ただ事情を暴くだけではいけないんだと、それぞれの心情を丁寧に追いなおしていきました。

――たしかに、今作では傷ついている千鶴を、どこか突き放すような描写も多かったですね。

町田:理不尽に苦しみを与えられたとき「どうして?」と思うのは当然のことだけど、そればっかりで相手を恨んだままじゃ、前進できない。誰かに人生の一部を損なわれたとしても、その欠落は相手に埋めてもらうのではなく、自分自身でとりもどし、みずからの意志で一歩を踏み出せないといけないんだ、ということを、本作では書きたかった。ただ……千鶴があまりにもうじうじしていて、ひねくれていて、素直になってくれないので、書きながらちょっとイライラしました(笑)。彼女が立ち止まったままでは物語が進まないので、ハラハラもしましたけど。

――うじうじしてしまうのも、仕方ない苦境に彼女はいましたけどね。パン工場で働いているわずかな給料も、離婚したはずの元夫・弥一が根こそぎ奪いにきて、暴力までふるわれ、廃棄品を食べることでかろうじて命を繋いでいる。餓鬼のように無意識でパンをむさぼってしまう描写には、胸が痛くなりました。

町田:クズ男を書くのが好きなんですよ(笑)。のちに登場する、彩子さんという登場人物の元夫含め、いやな男を書いているときは非常に筆が乗ります。なんでだろう。私自身が、そういうろくでもない男に騙されて生きてきたからかな?

――そうなんですね(笑)。

町田:暴力を振るわれることはなかったんですけど、DVに近いことをする人もいて。だから、そのときの憎しみを作中でこれでもかというほどやり返しているのかもしれません。なんていうと、私、けっこう恨みがましい女ですよね(笑)。ただ当時は……「なんでこんなことをするんだろう」ってうじうじするばかりで、何も行動できなかった。千鶴も、本当は最初に暴力をふるわれた時点で、やり返しておくべきだった。でも彼女は、ああやっぱり自分はそういう人生を送る人間なんだ、暴力をふるわれても仕方がないんだと、早々と諦めてしまったんですよね。

――なにか落ち度があったんじゃないか、とまず自分を顧みてしまうことが、隙になってしまうんですよね……。

町田:そうすると、暴力もどんどんエスカレートしてしまう。受け入れることこそ愛、と思う男もいるので……。また、弥一のような男は、千鶴のように隙のある女性を見つけるのがとても上手なんですよね。弱いところにするりと入り込まれて、心をつかまれてしまうから、千鶴もなかなか逃げ出すことができない。でも、諦めないで自分の人生を奪われないよう、手を打たなきゃいけないんだっていうことに、彼女が自力で気づいていく過程も、今作では描きたかったところです。

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