脚本家・野木亜紀子のドラマは何を描き出したのか? 7人の評論家の視点から見えてきたもの

野木亜紀子のドラマは何を描いた?

 2016年に放送され、社会現象を巻き起こしたテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(以下『逃げ恥』)。新垣結衣主演、星野源が相手役を演じた社会派ラブコメディー『逃げ恥』の大ヒットをきっかけに、脚本家・野木亜紀子の名前は多くの人に知られるようになった。

 以後も次々と話題作を手掛ける野木は、いまや最も注目を集める脚本家といえるだろう。その仕事は原作付き作品から、オリジナル脚本へと広がり、9月4日に配信された『星野源のオールナイトニッポン リスナー大感謝パーティー』では、初のラジオ・ドラマ脚本「娯楽の星」を書き下ろして話題を呼んだ。

 原作の魅力を最大限に引き出す手腕や、タイムリーな社会問題を物語に取り込み、ときには現実の先をいく先見性。そして物語を彩る、愛おしいキャラクターの数々。野木亜紀子が生み出す作品は、我々を惹きつけてやまない。

 『脚本家・野木亜紀子の時代』(blueprint)は、そんな野木ドラマの魅力に迫り、作品を多層的に読み解く評論集だ。ドラマ評で活躍する気鋭のライター7名が、それぞれの視点から、野木作品を掘り下げていく。

 最初に取り上げられるのは、原作付きの作品群である。野木が注目されるきっかけとなった、出版業界お仕事ドラマ『重版出来!』(原作・松田奈緒子)を担当するのは藤原奈緒。自身も出版業界に身を置く藤原の視線は、主人公のみならず、他の編集者や営業、漫画家や書店員など、さまざまな立場の人たちにも注がれている。一人ひとりのエピソードを丁寧に紹介することで、全ての人が主役となったお仕事ドラマの魅力を伝える作品評だ。

 続いて、野木の代表作である『逃げるは恥だが役に立つ』(原作・海野つなみ)と、続編の『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!』を、佐藤結衣が分析。佐藤は「野木マジック」と呼ばれる巧みな仕掛けの数々にフォーカスしながら、ドラマとして再構築された『逃げ恥』に込められたメッセージを読み解いていく。作品放映時の社会状況や、ドラマ作りに携わった人たちへの目配りなど、書き手の広い視野を感じさせる『逃げ恥』分析が印象的である。

 「原作モノの名手」として定評のあった野木亜紀子は、『逃げ恥』の成功で、その作家性にも注目が集まるようになった。そして2018年以降は、オリジナル脚本を多く手掛け、作家性がより鮮明となっていく。

 連続ドラマでは初の単独オリジナル脚本作品となった『アンナチュラル』は、不自然死究明研究所(通称UDIラボ)という、架空の独立機関を舞台にしたクライムサスペンス。国内外のドラマに造詣が深い小田慶子は、他作品も参照しつつ、高い完成度を誇る『アンナチュラル』の構造や、作品に織り込まれた野木の問題意識を読み解いていく。小田が指摘する、女性差別に対するストレートなメッセージや、震災の記憶という隠しテーマも、野木作品に通じる重要な要素である。

 続いて、西森路代が『獣になれない私たち』を取り上げる。『獣になれない私たち』は野木の作家性が強く反映された作品であり、ブラック企業で心をすり減らしながら働く女性が主人公に設定されている。西森はドラマ評の中にフェニズムやジェンダーの視点を打ち出す書き手であり、「あらまほしき女性像」をめぐる考察など、西森らしい切り口から物語が分析されていた。

 そして成馬零一が、インスタント食品への青虫混入事件に端を発する騒動を描いた『フェイクニュース』を論じる。本論は『フェイクニュース』に対する分析としても優れているが、2018年の野木亜紀子作品の総括として捉えることも可能だ。成馬の客観的かつ俯瞰的な視点は、3タイトルの内容と位置づけを的確に描き出している。これが2018年分析の最後に置かれることで、それぞれの作品に対する理解がより深まった。

 2018年放送の3タイトルは、いずれも女性が主人公に設定された作品だった。現代の葛藤が投影された女性像は、野木作品の魅力の一つとして広く認知されていった。一方、2020年に放映された2タイトルは、野木が男性キャラクター同士の関係性の妙を巧みに描き出す作家であることも示している。

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