「小説現代」編集長・河北壮平が語る、小説の未来 「外に開いていく革命へと意識を転換するようになった」
「小説現代」は攻めるべき時、新しい時代の小説の届けかたを模索している
――「小説現代」編集長に着任されることになった時は、どう思いましたか。
河北:びっくりしました、僕でいいんですかと(笑)。やはり講談社の金看板の1つでもある雑誌ですから。ただ実は「小説」を外に開いていこう、変えていこうというコンセプトはタイガと変わらない。「小説現代」は攻めるべき時だと思ったんです。小説誌は単行本を作るための原稿を集めるだけではもうもたない。各社の小説誌が休刊や電子化され、媒体としてのありかたを考えないといけない時期です。みんな小説が好きだから、変化することは怖いですよね。僕も小説への愛情は負けていませんが、「小説現代」をプラットフォームにして、これまでの読者だけでなく、本ではなく小説というコンテンツから生まれたエンタメを楽しんでいる人にも開かれるべきではないか。そこから小説に戻ってきてくれればいい。小説はドラマや映画、音楽になってもいいし、朗読してもいいし舞台になってもいい。その根幹にあるのがテキスト・エンタテインメントであり、その結晶である小説の面白さを広めるためにできることを考えたい。ただ、結晶を壊さないことばかり考えていると、たとえば、こんなのはミステリではない、人間が描けていない、SFではないという内輪の議論になってしまう。僕は究極的には、小説原作の舞台化も映画化もなにもかも、これも小説ですといいたいんです。そういう新しい時代の小説の届けかたを模索しています。
――市場規模は違いますが、純文学だと芥川賞が短編対象の賞だから雑誌掲載の候補作や受賞作は注目されるし、雑誌掲載作を論じる文芸時評の慣習があってたまに論争が起きて話題になります。そうした純文学界隈での雑誌の存在感に比べると、エンタメ小説では雑誌が注目されにくい。人気作家の新作長編が一挙掲載されてもさほど話題にならないですし。
河北:1,000円程度の雑誌に一挙掲載の小説に、他の小説やコラムも読めるわけですから、コスパはいいんですけどね。
――「小説現代」がリニューアル創刊された際、塩見篤史・前編集長が従来の連載中心のスタイルを見直し、毎号読み切れる読み物雑誌に生まれ変わると打ち出しました。基本的にそのコンセプトは受け継いでいるんですよね。
河北:8割くらいは受け継いで、毎号大部分が読み切りという方向性です。長編一挙掲載だけを中心にするわけではないですが、小説の連載を楽しみに読む小説雑誌が成立しづらくなっているのは確か。それを特集主義にして成功したのが河出書房新社のリニューアル後の「文藝」でしょう。「小説現代」も特集主義にみえるかもしれませんが、特集というより、小説雑誌の中だけで完結しない、繰り返しになりますが外に開く物語の出しかたを試しているんです。
例えば、今年7月号で特集した官能小説は電子でも読みやすいジャンルなので、特集だけをまとめた電子書籍をトライしてみました。作家さんと新しい読者が出会ってほしいという狙いです。
また、9月11日・12日に紅玉いづきさんの原作で人気声優さんたちが出演する朗読舞台「池袋裏百物語 明烏准教授の都市伝説ゼミ」(https://tree-novel.com/works/episode/c6d4eddad58aacf7e11dfa17ac47b554.html)が催されます。これは、8月号の怪談特集「百物語、あといくつ?」をもとにしたものです。音で聞く小説はいいですし、怪談とはとても相性がいい。昔の朗読は譜面台の前で重々しく読む感じだったでしょう。でも、最近の声優さんたちの朗読は、台本を持った舞台劇で、1人じゃなく群読だから見える世界はすごく広い。チケットはソールドアウトしましたが、配信もありますので是非ご覧いただきたいです。「小説現代」はそうやって新しい形で小説を楽しんでもらうためのハブ空港になりたいんですね。「小説現代」という飛行場から、今度は朗読舞台に飛んでもらおう、次は電子書籍に飛ばしてみようとか。「令和探偵小説の進化と深化」を特集した9月号では、読書家であるジャニーズWESTの中間淳太さんの力を借りて今売れているミステリの面白さを伝えてみようとしました。
――9月号のミステリ特集の「特殊設定ミステリ座談会」(相沢沙呼+青崎有吾+今村昌弘+斜線堂有紀+似鳥鶏+若林踏)は、もしミステリ専門誌なら小説における流れをふり返ることが中心でしょうけど、今それを書いている作家たちがゲームやマンガからの影響の大きさを語っているのが面白かったです。小説での流れについては書評家の若林さんとともに編集長が補足する発言をしている。ここには河北さんのキャリアが反映されていますね。
河北:ミステリが周回遅れかもしれないという話とか……。
――ハッとさせられました。ミステリ小説史の枠内で考えたら出てこない話でしょう。
河北:なぜならゲームやマンガなどで展開されてきた特殊設定がみんなの共通理解になってはじめて、ミステリのフィールドでも遊べるようになるんだからと。面白い話です。この座談会もそうですが、従来とは違う小説の楽しみかた、届けかたができるのが小説誌なので、既存のものを深く深く掘るだけではなく、広く広くみせていくことをやりたいですね。
編集者はプロデューサー的な働きも求められている
――広げる意味では、メディアミックスについて多くの経験をされてきたでしょうが、映像化に賛否両論があったり難しい面もあるのでは。
河北:僕らは小説というマスターピースを作っていますが、映像化に関してはその業界のプロたちがいいと思うようにやってくれればいい。難しいことはありますよ。文章で簡単に実現できることが、多くの人が携わっても実現できない場合とか。毎回、勉強になります。僕はこう思いますとは伝えはしますけど、テレビや映画は小説の何百倍、ひょっとしたら何万倍も興行収入が入る世界。もちろん小説に存在した面白さがきちんと伝わればいいですけど、メディアが変わると面白さが変わりもするでしょう。原作レイプという嫌な言葉がありますけど、本の形ですでに世に出ている原作を汚すことなんかできない。映画やドラマがもしも面白くなかったら小説を読んでください、小説は面白いですよと笑顔でいいたいです。
――かつてマンガの部署にいたことは今に生きていますか。
河北:生きています。編集テクニックとしては漫画編集者としての編集論を今も大切にしていますし、文芸にきてからも実は少しはマンガを作っていて、高田崇史さんのミステリ小説『QED』シリーズをもっと知られるようにとコミカライズしましたし、「メフィスト」連載だった石黒正数さんの『外天楼』は名作で電子版でも売れ続けています。
――編集者と作者のかかわりかたについてはどうとらえていますか。
河北:僕は、編集者の働きをプロデューサー、ディレクター、マネージャー、タレントに分けるんですが、かつてのマンガ編集者はディレクターでとにかくいいコンテンツを作る、かつての文芸編集者はマネージャー的要素が強くスケジュール管理をしたりしていた。でも、今はみんなプロデューサー的部分を求められている。ごく一部ですが、タレントとして、こうやって前に出て喋ることも必要かもしれない。小説家と編集者のかかわりもこの10年で変わってきて、作品の内容にかかわる部分はもちろん、作品の届け方まで一緒に考えさせてもらうことが増えました。関係性は日々変わっていくし、作家さんによってまったく違う関係が求められることがある。担当作品には思い入れが強く、のめりこみすぎることは善し悪しありますが、そのくらい届けたい思いがないと今は届かなくなってもいますから。編集者像もアップデートしないといけない時期なんでしょう。
常に新しいことが起きていると思われる雑誌にしたい
――文三時代はメフィスト賞、今は小説現代長編新人賞、江戸川乱歩賞にかかわっているわけですが、新しい作家を見出す新人賞についての考えは。
河北:選考方式の違いもあって世に出る才能の傾向は異なりますが、どの新人賞も才能の原石を探すのは面白いです。今年の小説現代長編新人賞を『檸檬先生』で受賞された珠川こおりさんは受賞時18歳でした。前年に『晴れ、時々くらげを呼ぶ』で受賞した鯨井あめさんも含め、青春小説に新しい風が吹いているのを感じます。
――『檸檬先生』の受賞もそうですが、「小説現代」は全体的に若返った印象です。
河北:小説を若い人にも読んで欲しい思いはあるので、新人賞も含め、若返らせたいんです。これまで「小説現代」を一度も読んだことがない人に手にとってもらいたい。狙っているわけではないんですが、この半年くらい、たまたまジャニーズの方の表紙登場率が多くて……。
――ネットではそれへの反応がけっこうありますね。
河北:今月号に対してはファンの手紙が編集部宛てにかなりの数、届きました。「中間君を表紙にしてくれてありがとうございます」「小説はめったに読まないですけど、方丈貴恵さんの短編がすごく面白かったです」「ミステリ小説って面白いんですね」なんて。新しい読者が生まれたのかもしれないし、無茶苦茶嬉しいですね。
――小説雑誌とウェブの連動について考えていることは。
河北:SNSやtree(https://tree-novel.com/author/shousetsugendai/works_new.html)は、伝えるためのツールです。「小説現代」で、今月こんなものがあったよと発信できる、気になる存在の雑誌になりたいですよね。10月号は、また面白いですよ。次号の特集は「五分後にホロりと江戸人情」。最初は「5分」でなく「一寸」(=約12分)にしようとしたんですけど、時間が少し長いしわかりづらいですね(笑)。朝の読書運動もあって講談社文庫で『5分後に意外な結末』というショートショート集が、子どもたちに売れているんです。一方、年齢層の高い人たちでも、長編を読むのに疲れている人もいるのではないか。高年齢層も気軽に読めてホロリとくるものを求めているのではと考えて、思いきってショートショート時代小説特集を企画しました。
――読み切りが基本なら毎号がらっと色が変わってもいいですものね。
河北:「小説現代」で常に新しいことが起きていると思われる雑誌にしたいんです。変わらないことに価値がある伝統工芸品を作っているわけではないので、今を生きている読者に支持される小説雑誌でありたいと思っています。