『夏目友人帳』夏目はなぜ妖と人を変えていくのか? 命の数だけある孤独とそれを癒すぬくもり

『夏目友人帳』夏目の変化が周囲の人間をも変えていく 

 高校生になっても自転車に乗れない理由を問われ、「ああいうのは…後ろを押さえてくれる人がいないと乗れないだろう?」と返す。だから自分のことは置いて、友人たちだけで出かけてくれ、と笑う主人公・夏目貴志の孤独と諦念の詰まったその描写は、『夏目友人帳』という物語を象徴している気がする。

大事なのは常に“今”

『夏目友人帳(1)』

 幼いころに両親を亡くし、親戚の家を転々としてきた夏目。ただでさえ疎まれがちなのに、人ならざるものが視えてしまう彼は、嘘つき呼ばわりされたり気味悪がられたりしながら、自分の居場所をどこにも見つけられないまま、生きてきた。遠縁の藤原夫妻にひきとられ、初めて愛情を注いでくれる存在に出会った夏目は、自分の能力も妖の存在も決して夫妻に知られてはならないと心に誓うのだけど、かつて祖母のレイコも暮らしていたその土地で、これまで以上に、妖たちの世界へ誘われることとなってしまう。

 夏目と同じ能力をもったレイコはやはり周囲から浮いていて、その憂さ晴らしに妖たちに喧嘩を売っては名前を奪い、“友人帳”に記していた。妖にとってそれは、服従の契約をかわしたも同然。レイコによく似た夏目は、名前をとりもどそうとする妖だけでなく、友人帳を手にすれば他の妖を使役できると目論む存在から、絶えず襲われるはめに。なんの責任もないのだから、友人帳などくれてやるか燃やしてしまえばいいのだが、それができないのが夏目である。

 遺された祖母の唯一の形見だからと大事に扱ったうえで、妖たちにはできるだけ誠実に名前を返そうとする。名を呼び、命じれば、どんな凶悪な妖も支配下におけるというのに、どうしてもそれ以外にすべがない、という状況がくるまでは決して、しない。生まれてこのかたずっと妖に迷惑をかけられ、怯え続けてきたはずなのに、夏目は境遇を嘆きこそすれ、妖そのものを憎んだり恨んだりすることもない。相手の言い分を聞き、自分にできるだけの誠意で、想いに報いようとする夏目に、妖たちも少しずつ心を許していく。

 その筆頭が、なりゆきで夏目の用心棒を請け負うこととなったニャンコ先生だ。招き猫に封じられていた強力な妖である彼は、いずれ夏目が死んだら友人帳をもらいうけるという約束で、そばにいる。夏目が名前を返し続けることは、できるだけ多くの妖を支配下に置きたい彼にとっては、損な行為だ。友人帳に名前のないニャンコ先生は、すぐにだって夏目を食べることもできる。それでもそばにいるのはただ、夏目に“興味をもった”からだ。

気まぐれの、戯れから始まった関係に、だんだん情がわいて、好意に変わり、唯一無二の相棒のような存在になっていく。それは理想的な他者との関係の築き方ではないか、と思う。〈お前の記憶などに興味はない しょせん友人帳をいただくまでの付き合いさ〉とニャンコ先生が夏目に言う場面があるが、大事なのは常に“今”なのである。過去に何を背負っていても、未来にどんな変化が訪れようとも、今ともにいたい、という気持ちが自分と誰かを結びつけ、そのぬくもりが明日へと生かす力になっていく。

拒絶される恐怖はみんな同じ

 レイコの真意がどこにあったのかは未だ明かされていない。けれど友人帳を狙って夏目のもとに現れる妖たちの記憶を通じて、夏目は、彼女の孤独と、彼女が紡いできた妖との絆を知る。一生、一緒にいられるなんて思っていない。退屈とさみしさをまぎらわせるためだけの、お遊び。だけど互いに名を呼びあう関係が、たとえ契約に縛られたものだったとしても、癒しになる瞬間があった。レイコだけでなく、多くの妖たちは、決してまじわれぬものと知りながら人間と心をかよわせ、その刹那的な交流を後生大事に、生きている。それがやがて執着に変わり、恨みに変わることもあるけれど、かつて自分にふりそそいだ優しさとぬくもりを忘れられずに、今を生かされている。ああ、それこそが“友”なのだと、本作を読んでいると思う。

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