『進撃の巨人』無垢の巨人はなぜ笑っているのか? 諫山創の描く絵の怖さを考察

『進撃の巨人』諫山創の絵の魅力を考察

 『別冊少年マガジン』2009年10月号から連載が始まり、社会現象的な大ヒット作となった諫山創の『進撃の巨人』。先ごろ(6月9日)、その最終巻となる34巻が発売されたばかりだが、破壊と再生のループを予感させる謎めいたエピローグはもちろん、主人公とヒロインそれぞれの力強い“決断”を描いた、見事な終わり方だったといえるのではないだろうか。

 さて、本稿ではそんな『進撃の巨人』の「絵」について、考えてみたい。何しろこの漫画、最初に人気に火がついたあたりから、ことあるごとに「絵が下手だ」と(SNSなどで)いわれ続けてきた作品だ。だが、果たして本当にそうなのだろうか、と私などは以前から思っていたのである。

『進撃の巨人』1巻(講談社)

諫山創は巨人たちの顔や身体をあえて「変」に描いている

 たしかに、連載初期の――具体的にいえば1〜2巻の絵を見てみれば、「稚拙」という言葉が頭をよぎらないではない。しかし「物語を絵で伝える」という意味では、とりわけ、「読者に恐怖を与えて、なおかつ、目を逸らさせない」という意味では、諫山創はこれ以上ないくらい巧みな絵を最初から描いていた、といえはしないだろうか(さらにいえば、コマ割りのテンポ、構図、セリフ回し、キャラクターの感情表現、アクションの見せ方などを含めた、いわゆるネーム作りは、彼が19歳の時に描いたという『進撃の巨人・読み切り版』の段階から実はかなり上手かった)。

 そう――諫山創の絵には、たしかに画家やイラストレーターが1枚の絵に注ぎ込むような意味での高い技巧はないかもしれないが、コマの連なりによって物語を伝える「漫画の絵」としては、初期の頃から充分すぎるくらいに機能しており、かつ、魅力的であったといってもいい。

 それは、彼が描く「無垢の巨人」の絵を見れば一目瞭然である。無垢の巨人とは、知性のない、人を食う恐ろしい怪物だが(その正体はのちに明らかになる)、この巨人たちの顔や身体のパーツのバランスがどことなく崩れている点を挙げて、諫山の絵を下手だという人が少なくない。だが、(もちろんデッサンやパースの知識がないわけではなく)おそらく作者は、すべてわかったうえで、あえて巨人たちの顔や身体を「変」に描いているのだ。

 なぜならば人は、「普通の感覚」では理解できないものに遭遇した時、不安や恐怖を感じるものであり、そういう意味では、無垢の巨人たちのアンバランスな身体表現というものは、言葉では説明できない生理的な恐怖を我々読者に突きつけてくる。このことをよく知っていたのがマニエリスム期の画家たちであり、彼らは、わざと人体を不自然な形でねじらせたり、首や手足の長さを異様なまでに伸ばしたりして、世にも奇怪な絵画の数々を描いた。

 また、無垢の巨人たちはいずれも滑稽な顔をしており(3巻で、主要キャラのひとり、リヴァイも「揃いも揃って………面白ぇ面(つら)しやがって…」といっている)、口元には常に微笑みを浮かべている者も少なくない。これがさらなる恐怖を読者に与えているといっていい。



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