『進撃の巨人』は“人間の争いのメカニズム”を描いたーー評論家3名が徹底考察【後編】

『進撃の巨人』評論家座談会【後編】

 『別冊少年マガジン』5月号(4月9日発売)にて、11年半にわたる連載が完結する『進撃の巨人』について、批評家の渡邉大輔氏、映画ライターの杉本穂高氏、漫画ライターの倉田雅弘氏が語り合う座談会の後編。前編では、作者・諫山創の作家性や、時代性を反映した緻密なストーリー展開について語ったが、後編では巧みなキャラクター設計や巨人のデザイン、立体機動という革新的なギミックを用いたアクションシーンについてなど、作品の細部にまで話が及んだ。(編集部)

参考:『進撃の巨人』は時代とシンクロした作品だったーー評論家3名が徹底考察【前編】

巧みなキャラクター設計

渡邉:お二人の好きなキャラクターは誰ですか?

杉本:僕が一番好きなのはジャンです。等身大の人間ですし、いつも迷いながら戦っている、心も決して強いわけじゃないけど、強くないから人の気持ちがわかる、そんなキャラですよね。

渡邉:倉田さんはいかがですか?

倉田:僕は本当にベタなんですけど、共感という意味だったらアルミン。感情移入だと、エレンです。この場合の感情移入というのは、自分に似ているという意味ではなく、「こいつすごいな」とか、「こいつの行く先を見てみたい」という意味ですね。それこそ22巻まで「ブレブレじゃないか!」と思っていたのが、ここまで物語を引っ張るキャラクターになるとは思わなかったので、本当に驚いています。そういう意味でいうとアルミンの目線に近いのかもしれません。

渡邉:すばらしいですね。僕はベタすぎますけどリヴァイですかね。彼は死にませんから(笑)。

『進撃の巨人』20巻(講談社)

杉本:この漫画は、好きなキャラクターがいっぱいいます。脇役にも渋いキャラがいっぱいいるじゃないですか。リヴァイの育ての親のケニーとかも悪役ですけど、大好きです。

渡邉:ライナーもいいですよね。

杉本:わかります。心が壊れかけたライバルキャラというのも斬新です。

倉田:ライナーはマーレ編になってから半分主役ですからね。もうみんなライナーを応援している(笑)。

杉本:諫山先生は明確に意識してそういうふうに書いていますよね。パラディ島のエレンのようなポジションで対比して見えるように。ライナーは諫山先生のお気に入りでもあるらしいです。キャラクターと言えるかわかりませんが、巨人のデザインも秀逸ですよね。

倉田:人間だけど、人間が崩れている感が絶妙に気持ち悪いというか。

杉本:そうなんですよ。なのであれはあれで、洗練されたデザインなんだと僕は思っています。

倉田:杉本さんは否定されるかもしれないけど、諫山先生のタッチで描かれるから余計気持ち悪くなる(笑)。

『進撃の巨人』12巻(講談社)

杉本:でもそれはあると思いますよ(笑)。先生のタッチを最大限に生かせるデザイン。しかも、行動まで含めて巨人ごとに個性が違うじゃないですか。そこまでキャラクター描写ができているのがすごいですよね。ただの意味不明な脅威じゃない。いわゆる、極めて精巧に人間に似せて作られたロボットに感じる「不気味の谷」に近い、気味悪さがありますよね。そういう方向性のデザインを狙ったのだと思います。獣の巨人よりも、普通の巨人の方が不気味ですし。

倉田:獣の巨人はデザイン的にもしっかりしていて、怪獣だと思えるデザインでかっこいい。普通の巨人みたいな怖さや不気味さはなくなっていますね。

『進撃の巨人』はすごく漫画らしい題材だった

『進撃の巨人』26巻(講談社)

杉本:バトル描写でいうと立体機動という発明がすごかった。これはもともと、『マブラヴ オルタネイティヴ』というゲームに出てくる、ロボットの跳躍ユニットが元ネタらしく、それを人間サイズにしたもの、と諫山先生は説明されています。それを、空を飛翔する武器にしたというのが非常に面白い発想で、これを漫画以上に活かしたのがアニメでしたね。アニメ第1期の最初のPVが立体機動のシーンだったんですが、それがすごくてファンの度肝を抜きました。

渡邉:諫山先生の場合は、すでにちょっと触れられたように、絵が苦手とか、絵のタッチが……と初期から言われていたわけですけど、それでも立体機動のアクションシーンのコマ割りとか、漫画として最高にうまいですよね。

杉本:絵もうまいと思います。線が多くてスッキリしていないから多くの人になんか読みづらい印象になるのかもしれないですけど。あと、美形キャラをいかにも美形に描かないからかもしれない。でも、漫画の絵として迫力ありますし、見開きの迫力ある構図とか引き込まれますよね。

渡邉:もちろん、アニメ版のクオリティの高さも強調すべきなのですが、私は『進撃の巨人』はやっぱりすごく漫画らしい題材だと思っています。要するに、この話の軸となるイメージは、小さい人間とものすごく大きい巨人の戦闘の対比じゃないですか。これを、例えば実写映画やアニメや舞台でやろうとすると白けちゃう危険が大きいんですよ。特に物語クライマックスの、地球規模(!)の大きい巨人がたくさん出てくるトンデモ展開のヴィジュアル表現とかは、これは漫画でしかできないと思います。手塚治虫が漫画の本質を誇張・省略・変形だと言っているんですね(『マンガの描き方』)。例えば、コマ割りや構図、キャラの体型の面でパースがおかしいところ、歪な部分があっても、不思議なことにそれが漫画だとおかしく感じない、むしろ「自然」に見えるということがありうるんです。大きさの対比が現実離れしていても、自然に面白く読めてしまう。その点で、『進撃』は他のメディアでは十分に表現しきれない、すごく「漫画らしい」物語・素材だと思います。

倉田:たしかにその通りだと思います。さらに読みやすさでいうと、コマ割りがすごくうまいんですよね。アクションシーンは、キャラクターの位置関係を示す引きの絵を効果的に入れて、わかりやすく構成しているし、ここぞという時に大ゴマや見開きを効果的に使用している。だから漫画力がすごく高い人なんだと思います。先ほど、渡邉さんがアニメや映画では表現しきれないとおっしゃっていましたが、アニメの場合はフレームが固定されているから、そうした諌山先生の演出意図をダイレクトに表現できるという意味では、漫画が『進撃の巨人』の世界観にふさわしいメディアだったんだろうと思いました。

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