『メタモルフォーゼの縁側』著者・鶴谷香央理が語る、BLと友情 「『異物』を取り入れると風通しがよくなる」

『メタモルフォーゼの縁側』著者インタビュー

 「BL」という共通の好きなものを通して17歳の高校生・うららと75歳の書道教室の先生・雪が友情を育み、それぞれが新しい世界へと踏み出す姿をていねいに描いた『メタモルフォーゼの縁側』。「このマンガがすごい!2019オンナ編」で1位を獲得したほか多くのマンガ賞を受賞、連載中からたくさんの読者の支持を集めた本作は、2021年1月発売の5巻で完結した。自身初となる長期連載を終えて数カ月、著者の鶴谷香央理氏に、連載を通して感じたことについて、また自身の考える「友情」について語ってもらった。(門倉紫麻)

『メタモルフォーゼの縁側』1巻(KADOKAWA)

「詳細」を読むのは楽しいこと

――初の長期連載はいかがでしたか? 

鶴谷:最後の方は本当に苦しくて……長い連載を終わらせるのは、すごく大変なことなんだなと思いました。

――「このマンガがすごい!2019オンナ編」で1位をとられるなど、連載中に人気がどんどん上がっていったことをどんなふうに感じていましたか?

鶴谷:思ったよりたくさんの人に読んでもらえて、びっくりしました。地味なことを描いているという自覚があったので。でもだんだん、実はみんな地味なことが好きなのかなあと思うようになりました。地味、というと雑な言い方ですね……「詳細」ですかね? なんてことないことでも詳細に描かれていたら、それを読むのは楽しいと私も思うので。

――確かに鶴谷さんは大きな出来事をドンと描くというより、小さな出来事や心の動きの「詳細」をお描きになりますね。でもなんでも詳細に描くのではなくて、ご自身で描きたいものを選んで詳細に描いているのが伝わってきます。

鶴谷:自分が読んでうれしいこと、実感のあることを描くのは大事にしました。子どもの頃、ドラマの『やっぱり猫が好き』が好きだったんです。3人姉妹がただ部屋の中でしゃべっているという、一見地味だけれど楽しいことをいっぱいやっているドラマで。「ここを捉えてくれるの!? やったー!」という受け手としての喜びがあった。そういった先行作品にならって描いているのだと思います。

鶴谷香央理

――雪さんとうららさんに、感情を乗せながら読んでいる人が多かったように思います。自分と照らし合わせながら、いろいろなことを考えてしまうといいますか……。

鶴谷:そうやって読んでくださるのはうれしいです! 実際に感想を読んだ時には、驚きも大きかったですね。読んだ人の解釈というのは、こんなにもそれぞれなんだ!という発見がありました。

―― 「一度世に出したら、そこからは読者のものだ」と作家さんが言うのを聞くことがたまにありますが、それに近い感覚でしょうか。

鶴谷:そうですね。描いてみて初めて、そのことがわかって。私が描く時の解釈は1つですし、なるべく自分が考えていた通りに伝わるといいなと思ってはいます。でも、たくさんの受け取り方があるのはとてもいいことだと思ったんですよね。「え、これめっちゃいい作品やん!」って感じるような受け取り方をしてくださる時もありますし。「この人の中で、こういう作品になったんだなあ」と。すごいことだと思いました。

自分以外の人の話を聞いて作れたことは、私の「宝」

――75歳の雪さんは、鶴谷さんのおばあさまがモデルになっているそうですね。

鶴谷:はい。性格は違うんですが、物事の捉え方などはかなり参考にしました。

©鶴谷香央理(KADOKAWA)『メタモルフォーゼの縁側』

――とても魅力的なキャラクターですね。好奇心旺盛で、健啖家で、同人誌即売会にひょいっと参加する行動力もあって、自分の人生を楽しんでいる。以前のインタビューで、「おばあちゃんはカッコいいものっていうイメージがあって」とおっしゃっていましたが、まさに「カッコいいおばあちゃん」です。

鶴谷:うちのおばあちゃんに、こうだったらいいなという理想を乗せて描いたところもあります(笑)。うちのおばあちゃんは「もう、余計なものはいい」みたいな人だったんですよ。目的にまっしぐらというか、他人の目を気にするようなことは、半分オフにしていて(笑)。高校生とか大学生の頃の自分には、それがすごいことに見えたんですよね。よく悩みを相談していたんですけど、「大したことないよ」と言ってもらえるのを期待していたところもあったと思います。

――雪さんが75歳でうららさんが17歳。まったく違う場所で生きている者同士も心を通わせるができるのだ、ということに読むたびに勇気をもらっていました。そういうものが描きたいというお気持ちがあったのでしょうか。

鶴谷:それがわりと偶然で……「おばあちゃん」というアイデアは、編集さんが出してくださったんですよ。

――偶然だったのですね!

鶴谷:そうなんです。でも私は、偶然が大事だと思っています。自分が思いつくことには限りがあるし、つい整合性をとろうとしてしまう。でも人から何か言われることで、そこに「異物」が入ってくるというか……取り入れると、風通しがよくなると思います。私だけではなくて、みなさん自然とそれをやっているのかなと。昨日たまたましゃべったことを、しめきりで追い詰められて描いちゃう! とか(笑)案外そういうことで作品ができているのかも、と連載していて思いました。

――そんなふうに偶然から、すごく違う2人を描いてみたら手応えがあったというわけですね。

鶴谷:はい。自分のおばあちゃんのことがすごく好きなので「あ、描けるやつだった!」みたいな(笑)。

――連載中、お話に詰まった時はどうされていましたか?

鶴谷:しょっちゅう妹と会議をしていました。妹が考えたセリフや展開がかなりあって、もう一人の作者と言ってもいいくらいです。

――妹さんもご自分の意見がマンガに反映されていくのは嬉しかったのでは?

鶴谷:うーん……妹も創作に興味がある人なので、最初は自分の作品を作りたいという葛藤があったかもしれないな、とは思います。でも最終的に「そこはいいや」と言っていたので、それもすごいなと思いましたね。そうやって作れたことは、私にとっての宝だったと思います。

――妹さんと作れたことが宝、ということですか?

鶴谷:そうですね、妹の存在が大きいですが、ほかにも自分以外のいろいろな人たちから聞いたことを反映して作ってこられたことが本当にありがたくて……それは宝だなと。「これは絶対に100%自分が考えたもので、私に権利がある!」と言い切ってしまえるようなものではなかったことが、私にはよかった。このマンガでは、たまたま一番前に私の名前が出ているだけだと思っています。

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