『メタモルフォーゼの縁側』著者・鶴谷香央理が語る、BLと友情 「『異物』を取り入れると風通しがよくなる」
別のものになることが変化ではない
――うららさんは、雪さんとはまた違って、人の気持ちがわかるからこそ行動をちゅうちょしてしまうような、繊細で熟考型の女の子ですね。すんなり生まれたキャラクターですか?
鶴谷:うららさんは、ずっと描きたかった人なんです。10年くらい前から「BLを好きな子がいて、それを後ろめたいと思っている」というネタがあったんですが、どういうストーリーにはめようかなとずっと考えていました。
――ビジュアルに関しては、以前描かれた短編『吹奏楽部の白井くん』(『レミドラシソ』所収)の主人公・白井くんがもとになっているそうですね。
鶴谷:はい。アイデアスケッチを描いていた時に「あ、白井くんにしよう!」と(笑)。うららさんは、自分の見た目に頓着しない子がいいなと思っていました。ギザギザの黒髪で三白眼の白井くんの見た目がすごく好きだし、しっくりきました。
――うららさんは、雪さんと出会ったことでゆっくり変化していきますね。彼女の変化していく速度や度合い、変化の方向がとても自然でした。
鶴谷:実感として、私にあるものなんです。人の成長とか変化を、まるで別のものになるとか、弱点を克服しました! というふうに描くのは違うなと思っています。うららさんがマンガを描くのがすっごくうまくなってマンガ家になりましたとか……もちろん未来にはあることかもしれませんが、それを描こうとは思いませんでした。私は今38歳なんですが、若い時と比べても根本の部分はほぼ変わっていないんですよ。でも「自分の弱点は何か」とか、自分のことが自分でわかるようになったり、自分の活かし方がわかったりするようにはなってきた。そういうことを変化というのかなと思います。
――紡くんが留学する英莉ちゃんを見送りに空港に行こうとして、うららさんに途中までついてきてほしいと頼むエピソードが最終巻にありましたね。それまでの彼女なら行かなかったかもしれませんが、とても自然に引き受けていて。彼女が自分にできることをした、素敵なエピソードです。
鶴谷:あれを横道のように感じた方もいるかもしれないんですが、どうしても描きたかったエピソードなんです。人のために何かしようと思う気持ちって、難しく捉えられてしまったりすることもありますが、すごく自然な感情でもありますよね。それを無理のない範囲でやる、ということが描きたくて。
――雪さんと一緒に、2人を結び付けてくれたマンガ家のサイン会に行く予定があったけれど、待ち合わせには遅れていけばいいと判断して、雪さんにもてきぱきと連絡をとっていました。
鶴谷:うららさんは紡くんについていくことで、サイン会に時間通りに行くという「自分のこと」が減っても「まあいいか」と思えたんですよね。何かを好きになることについて描くことになった時に、その好きになったものはちょっと人に譲ってあげることもできる……ということも描けたらいいなと思っていました。
「好きなもの」は「チェーンのコーヒーショップ」でもいい
――好きなものがあること、共有することの楽しさが全編にあふれていて、2人がBL作品について語り合う場面は見ていて幸せな気持ちになりますし、共感した方がとても多いと思います。ただ、以前の私がそうなのですが熱狂的に好きなものはなくて、それがある人に憧れたりさみしく感じている人もいるのかなと……。
鶴谷:私も熱狂的になることに憧れがあるほうなので、気持ちがすごくよくわかります! 好きなものがまったくないという人はあまりいないと思うんですけど、それを誇れないと思っている人は多いような気がします。仕事をする時によく喫茶店に行くんですが、私はチェーンのコーヒーショップが好きなんです。でも「好きな喫茶店を教えてください」と聞かれたら「どこかにある素敵な純喫茶」を挙げなくちゃいけないような気になってしまって……。本当は最寄り駅のイオンに入っているチェーンのお店が好きだと言えば良いですよね。
――熱狂的に何かを「推しています!」ということだけが「好き」ではない、と。
鶴谷:はい。熱狂的に何かを推すのはすごくかっこいいと思うし、私もめちゃくちゃ憧れるんですけど……誰かが個人的に好きだと思っているものを知ることも楽しみだと気づきました。
――そう考えると、確かに誰にでも何かしら好きなものやおもしろいと思うことはありそうですね。
鶴谷:よく友だちと作業通話をするんですけど、たいていは身にならない、どうでもいいことをしゃべっているんですよね。家族ともそうですし。でも、その時間って、最高なんですよ。この前は友だちに「靴ベラが便利なことに気づいた」と言われたので、私も「急須って便利だよね」と言って(笑)。そういうことでとても癒やされます。
――「急須の話なんて」と口に出さずにいるのはもったいないですね。実はおもしろいことなのかもしれないわけで……。
鶴谷:そうです、そうです。急須と靴ベラでめちゃくちゃ盛り上がりましたもん(笑)。
「話を聞いてもらえる」マンガもいいかなと
――これから、どんなマンガを描きたいと思っていらっしゃいますか?
鶴谷:難しいですね……。『メタモルフォーゼの縁側』では「やさしいことを描こう」と思っていたんです。でも描き終わってみると、人間はもうちょっと複雑なものだから、次はそういうところも描くのを目標にしていたんですが……コロナで世の中がガラッと変わって、何を描いていいのかわからなくなってしまいました。
――この状況が創作活動に与える影響は、きっと大きいですよね。
鶴谷:みなさんどう考えているのか、聞いてみたいです。ただ……先ほど言ったように、妹になんでも話しを聞いてもらえるのが本当にありがたいことだと思ったので、「話を聞いてもらえる」感じのマンガもいいかなと思ったりしています。
――「話を聞いてもらえる」という言葉がコンセプトとして出てくるのがおもしろいですね。ぜひ読んでみたいです。
鶴谷:どうすれば作品になるのかは、まだ何もわかっていないんですが(笑)。でもあまりのんびりもしていられないので……がんばります!