『チェンソーマン』は本当に“愛の物語”だったのか? ジャンプ大好き評論家3名が討論【前編】

『チェンソーマン』は“愛の物語”か?

 衝撃的な展開の連続で、漫画ファンたちの度肝を抜いた藤本タツキによるバトル漫画『チェンソーマン』。2020年末に「週刊少年ジャンプ」本誌にて最終回を迎えた際は、第2部が「ジャンプ+」でスタートすること、テレビアニメ化することが発表され、ファンたちを大いに期待させた。

 ドラマ評論家の成馬零一氏、書評家の倉本さおり氏、アイドル専門ライターの岡島紳士氏は、お互いに認め合う『チェンソーマン』の大ファンであり、当サイトでも【『チェンソーマン』はなにが衝撃的だったのか?】などの座談会で持論をぶつけ合い、考察を深めてきた。最終回を経てなお「まだ語り足りない」と意気込む3人は、再び座談会を開催。各々のフェティシズムまでさらけ出した鼎談を、前後編に渡ってお届けしたい。(編集部)

『チェンソーマン』の最終回は青年誌的なラブストーリー?

倉本:『チェンソーマン』の最終回は、前回の鼎談でもお話しましたが、意外なほど体温を残して終わらせたという印象でした。87話に登場した武器の悪魔たちとチェンソーマンがかつて戦ったことがあるとか、そういうプロットの根幹に関わる話はすくなくともドラマとして納得できる形では回収されていませんが、最終話にマキマさんの生まれ変わり(?)のナユタがデンジの指を噛んで「え!? この噛む力は…!? マキマさん!?」っていうシーンがあるじゃないですか。12話のラブコメ的なエピソードをここで回収するんだ……って震えてしまい。もう他の未回収の伏線とかどうでもよくなっちゃいました(笑)。

成馬:すでに、第2部が始まることが発表されているので、回収されていない伏線についてはなんとも言えませんが、少なくとも第1部については「よくぞ描き切った」と満足しています。最終的にこの物語は、デンジくんとマキマさんのラブストーリーだったんだなぁと思いました。少年が年上のお姉さんに失恋して、いろいろなものを失うことと引き換えに大人に成長していくという物語で、青年誌的なラブストーリーとして綺麗にまとまったと思います。マキマさんの正体をどう描くかが、この漫画の最終的な評価を決めると思っていたのですが、崇高な女神でも下劣な悪女でもない絶妙なおとしどころでした。最終決戦で、マキマさんの器の小さいところが見えてきますよね。そこが良かった。

倉本: わかります。「チェンソーマンはね 服なんて着ないし 言葉を喋らないし やる事全部がめちゃくちゃでなきゃいけないの」っていうセリフとか。予想外に厄介オタクだった件(笑)。

成馬:あれは「飛影はそんなこと言わない」ですよね。わかる人にはわかると思いますが……。チェンソーマンに執着するマキマさんの姿を見て「こういう人いるわ」って思って。ちょっと言いにくい話ですけど、僕はデンジくんの女性観が変化していく過程がよくわかるんですよね。最初は女神のような崇高な存在として女の人を見ていて「おっぱい揉めたらいいな」とか思っていたけど、現実を知ると「こんなものか」と思って、逆に凄く恐ろしい存在にも見えてくる。藤本タツキ先生がどうなのかはわからないけれど、男子校出身で思春期に女性と接してこなかった男性の感覚ってあんな感じなんですよ。振り幅が極端で、日によって女性が天使にも悪魔にも見えてしまう。そんな思春期の感覚が凄く描けているなぁと思いました。

岡島:成馬さんは男子校だったんですか。

成馬:男子校でした。三年間、同じ年の異性とほとんど喋ったことがないから、過剰に美化したり、その反動で過剰に憎んだり怯えていた部分もあったと思います。多分、今も心のどこかにそういう気持ちは残ってますね。でも、高校を卒業して大学生や社会人の年齢になって、職場等で女性と普通に会話するようになってくると、女性は別に、天使でも悪魔でもなくて、良いところもダメなところも見えてくる。同時に、敵視して憎む存在でもないこともわかってきて、「同じ人間なんだ」と、半分幻滅、半分安心したような気持ちになる。だから、デンジくんがマキマさんに抱いていた感情の変化はよくわかるんですよね。マキマさんは最初、デンジくんにとって憧れのお姉さんであり、守ってくれる母親で尊敬する上司という超越的存在だったのが、最終的に弱くて儚い存在になって、デンジくんの方が父親や兄のような庇護する立場へと変わっていく。だから、恋愛漫画としてよくできていると思いました。

岡島:最終回は物語も面白かったけれど、「ジャンプ+」での第2部スタートやアニメ化決定の告知も同時に行われて、盛り上げ方も上手いなと思いました。『チェンソーマン』の編集者は集英社の林士平さんという方なのですが、SNSの使い方などが巧みで、毎週月曜日の0時にネタバレ寸前の煽りツイートをして、うまくトレンド入りさせるんです。今回の発表もツイートでうまく煽っていて、さすがだなと。肝心の本誌のラストについては、『呪術廻戦』の鼎談の際に「異物を取り込むのか、分離するのか」という議論がありましたが、『チェンソーマン』は完全に異物を自分の中に取り入れる形で終わっていて、そこに昨今のヒット作と違う思想を感じました。『鬼滅の刃』や『約束のネバーランド』は異物を分離する方向性だったので。

成馬:異物を飲み込む姿こそ、僕は「愛」だと思いました(笑)。

倉本:ナユタが「何食べたい?」と聞かれたときに「食パン」と答えて、「ずいぶん安上がりな悪魔だな」って言われてピースサインをするシーンがあるじゃないですか。あれは完全にデンジがよくする振る舞いで、そういうふうに混ざり合うというか、影響を及ぼし合っているサインは意識的に書き込んでいるのだろうなと思います。

岡島:ふんわりと読んでいる限りはちゃんとカタルシスはあるけれど、読み込んでいる人にとっては回収されていない伏線が多いので「続いて良かった」という感じでしょうね。漫画がすごく上手い人だから、最後の情緒的なシーンも計算しているのかもしれません。本当に愛情深い作品かどうかというところについては、僕はまだ懐疑的です。

倉本:愛を信じる成馬さんと、愛に懐疑的な岡島さん(笑)。岡島さんは男子校と共学どちらでした?

岡島:共学だったけれど、中学も高校も異性と喋ったことがない。異性というか、学校では誰とも会話をしないタイプだったので。

倉本:共学で異性としゃべったことないほうがより闇は深い気がしますね……。

成馬:変な話ですけど、歳を重ねて異性と普通に喋っているとふと不思議に思うんですよ。「あれ? 何で俺、普通に喋れているんだろう?」って思ったりしませんか。

岡島:それは俺に同意を求めてるんですか(笑)。まあ、わかりますけれど。大学で自らリハビリを行い、ようやく異性というか、人間と会話する方法を強制的に学んだという感覚です。6年間、人と話さないと会話の仕方を忘れますから。

倉本:やばい、体液がどんどん漏れ出してくる(笑)。そんな2人が揃って『チェンソーマン』大好きっていう点がまた考察のしがいがありますね。

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