『チェンソーマン』は本当に“愛の物語”だったのか? ジャンプ大好き評論家3名が討論【前編】
次の世代の漫画家たちに与えた影響
成馬:デンジくんが強制的に社会化されていく過程も面白いですよね。友情、努力、勝利という言葉が象徴的ですが、少年漫画における成長って、いろんなものを獲得していく過程において描かれるものじゃないですか。仲間を獲得して、強さを獲得して、社会的地位を獲得して、という感じで。でも、デンジくんはどんどん失っていく。仲間を失って、力を失って、最後には最愛の人も失って……すべてを失った果てに、デンジくんは少しだけ賢くなって優しくなる。あれは青年漫画的な結末ですよね。古谷実や花沢健吾が描く漫画のような。個人的には安達哲の『さくらの唄』を思い出しますね。痛々しい終わり方なんだけれど、それが「ジャンプ」本誌で描かれたのがすごく面白い。
岡島:Twitterに僕は「『呪術廻戦』は“ジャンプマンガ”ですが、『チェンソーマン』はジャンプマンガではないけど掲載されるならジャンプしかなかった、という感じがします 」と書きました。そういう意味では最後までギリギリ「ジャンプ」漫画であり続けようとした作品だったのかもしれません。結果的にまた「ジャンプ+」に戻っていくということで、『ファイアパンチ』みたいに大風呂敷を広げた上に読者を置いて行くような展開にならないか、ちょっと不安もあるのですが(笑)。「ジャンプ+」に掲載されていても面白いと思いますが、やはりあの作品が「ジャンプ」に掲載されていること自体が面白かったと思います。成馬さんが指摘するように、「ジャンプ」に掲載されていると、読者アンケートの結果が作用して、作家同士が相互に影響し合うことがあると思うので。
成馬:『チェンソーマン』が最終回を迎えた「ジャンプ」の巻末では、『呪術廻戦』の芥見下々先生と『僕のヒーローアカデミア』の堀越耕平先生が『チェンソーマン』に対してコメントしていて、やっぱりこの2人は作家として意識してたんだなぁと思いました。「ジャンプ+」で『地獄楽』を連載していた賀来ゆうじ先生もTwitterで「読者としても同業者としても勇気づけられる作品だった」と呟いていいたのですが、今、漫画を描いている人にとってはすごく刺激される何かがあったのだと思います。『チェンソーマン』は間違いなく次の世代の漫画家たちに影響を与えているはずで、「ジャンプルーキー!」を読んでいるとそれがすごくわかります。
岡島:藤本タツキ先生は、「ジャンプ+」の連載をかけた「ジャンプルーキー!」の連載グランプリのエントリー作品すべてにコメントしていましたね。(https://www.shonenjump.com/p/sp/2020/rensai2020/)
成馬:エントリー作品を読んでいると、『ファイアパンチ』や『チェンソーマン』を読んで「ここまでやっていいんだ!」と衝撃を受けた新人漫画家が「ジャンプルーキー!」にはたくさんいることを実感しますよね。あの勢いを見ると、あと何年かしたら「ジャンプ」本誌より「ジャンプ+」が面白い漫画の主戦場となっているかもしれない。
倉本:本誌で『チェンソーマン』の最終回を読んで「『封神演義』の人肉ハンバーグを思い出した」と言っている人が多かったのも印象的でした。『封神演義』が90年代後半から2000年の作品だという点を鑑みると、30~40代の「ジャンプ」本誌読者って思った以上にたくさんいるんだなと。仮に、当時の読者が『チェンソーマン』きっかけでまた本誌を読むようになったんだとしたら余計に興味深い。
岡島:「ジャンプ」は少年少女だけが読む雑誌ではなくなってから、もうかなり経っているとは思うんですけれど、『このマンガがすごい!』のインタビューで藤本先生は、一応年齢層の低い読者も読めるものを意識していると言っていました。でも、その意識をたまに置き去りにしてしまうこともあると。一方で編集者の林士平さんからは、あれをしてはいけないとか、これをしてはいけないといった表現の規制めいたことは特に言われていないそうです。林士平と藤本先生の付き合いは長くて、藤本先生は17歳で処女作の『庭には二羽ニワトリがいた。』を投稿しているのですが、それ以降、林さんは面白かった本やDVDを段ボールに入れて、藤本先生に送ったりしていたらしい。だから、すでに師弟の関係みたいなものができあがっているのかもしれないですね。
成馬:林さんはいくつなんですか。
岡島:38歳ですね。
成馬:じゃあ僕らと近いですね。『チェンソーマン』が30~40代にも支持されたのは、林さんのセンスが反映されていることも影響したのかもしれませんね。
【後編『俺たちの『チェンソーマン』はまだ終わっていない』に続く】