トランプ時代のアメリカ社会に“音楽”はどう立ち向かった? 高橋芳朗『ディス・イズ・アメリカ』を読み解く
「芸能人が政治に口を出すな!」
メディアやSNSなどで俳優やミュージシャンが与党の政治家や政策に批判的な意見を発すると、日本のインターネットでは、上記のようなどこから目線なのかわからない罵倒がよく浴びせられている。
一方、近年のアメリカの音楽シーンを政治的、社会的トピックを軸に解説している『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』(高橋芳朗/著、TBSラジオ/編、出版社:スモール出版)では、ミュージシャンが政治的な発言をすることについて「アメリカにおいては是非もなにもなくそれが当たり前のことになって」いると断言する。
日本とアメリカ、二つの社会は、音楽を軸にしたとき、いったいどのような点が大きく違っているのだろうか。
アメリカ社会の中で響き合う、音楽と現実
本書は、フリーの音楽ジャーナリストとして活躍し、TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』などに出演する高橋芳朗氏が、「激動する近年のアメリカ社会のなかでポップミュージックはなにを歌ってきたのか、2014年から2020年上半期までの動向を世界最高峰の音楽賞『グラミー賞』を軸にして時系列でまとめ」たものだ。
LGBTQ、黒人差別、移民排斥、フェミニズム、ボディポジティブ、銃規制、気候変動と、現代に生きる私たちにとって切り離せないテーマをたくさん扱っているが、それぞれのテーマに日ごろなじみがなくとも、“ポリス・ブルータリティ(警官による蛮行)”や近年ロシアで高まっている反同性愛の機運を受けて2013年に制定された“同性愛宣伝禁止法”など、本文内で触れたトピックの注釈が丁寧につけられている。
サブスクで適当にヒットソングばかりを聞いている、音楽に造詣が深いわけでもない筆者だが、本書を読んでいるうちに、日本とアメリカの社会の違いが、頭の中でどんどん浮き彫りになり、ページをめくる手が止まらなくなっていった。
たとえば、2014年の第56回グラミー賞授賞式では、LGBTQを題材にした作品、LGBTQをサポートする作品が目立ったそうだ。この背景には、2012年5月に当時のオバマ大統領が現役大統領としては初めて同性婚を支持したことの影響があるのではないかと本書は解説している。異論反論もまだまだ多そうな社会的なトピックに刺激されて制作された曲に対して、歴史と権威ある賞が与えられるのはすごい、と驚いた。
もちろんグラミー賞にもたくさんの問題はある。たとえば、授賞式でパフォーマンスをした黒人アーティストのなかで、最優秀アルバム賞を獲った黒人は今まで2人しかいないという。ただ、この状況に対しても多くのミュージシャンが異を唱え、主要メディアも「『白すぎる』グラミー賞が現実になった」(『New York Times』紙)ときちんと報道が機能している様子が紹介されている(正直すごく羨ましい)。