トランプ時代のアメリカ社会に“音楽”はどう立ち向かった? 高橋芳朗『ディス・イズ・アメリカ』を読み解く

トランプ時代のアメリカを“音楽”で読み解く

音楽を武器にしたミュージシャンたちの戦い

 また、ミュージシャンたちの勇姿も印象的だ。高橋氏は本書について以下のように述べている。

「混迷するアメリカの社会情勢のなかで不正を告発し、人権の尊重を訴え、偏見や差別の撤廃を求めたミュージシャンたちの闘いの記録です。」

 2014年から2020年上半期までの期間は、2014年に認知を広げた黒人差別に対する抗議運動「Black Lives Matter」(黒人の命を軽視するな)や2016年に第45代アメリカ大統領選に勝利したドナルド・トランプが、アメリカ社会に大きな影響を与えていた時期である。著者のこの言葉の通り、社会が大きく分断されるなか、本書で紹介されるミュージシャンたちは、現実の大きな問題を音楽として表現しながら、勇猛果敢に闘っていく。

 マチズモ(男性優位)とホモフォビア(同性愛嫌悪)が根強く残るヒップホップというジャンルのアーティストながら、2012年ワシントン州の同性愛法成立にインスピレーションを受けて、「Same Love」という楽曲を制作したマッケルモア&ライアン・ルイス。この曲には、以下のようなヒップホップに対する自己批判的な歌詞を含んでいる。

ヒップホップは抑圧への抵抗から生まれた文化だったはずなのに、俺たちは同性愛者を受け入れようとしない/みんな相手を罵倒するときに「ホモ野郎」なんて言うけれど、ヒップホップの世界ではそんな最低な言葉を使っても誰も気に留めやしない

 また、パンクバンド、グリーン・デイ(Green Day)は、2004年にイラク戦争突入を決めたブッシュ政権を痛烈に批判した反戦歌「American Idiot」を、2016年に行われたMTVのイベントにおいて演奏した時、同曲の歌詞の一部「アメリカは頭の中を操られている」(The subliminal mind fuck America)を「アメリカはトランプに侵されている」(The subliminal mind Trump America)と替えて歌ったという。

 ミュージシャンたちは、音楽が、芸術が、社会を変えると力強く信じていた。音楽では、わずか10分足らずの楽曲の中にでも、何十年にもわたる歴史の文脈を幾重にも取り入れられる。歌詞のフレーズ、リズム、サンプリングと音楽ならではの多種多様な引用の武器をパワフルに使いこなし、自分たちの社会が抱える重大な問題にクールで鋭いメスを入れていく。

 彼らの闘いの成果もあってか、アメリカでは、第46代大統領としてドナルド・トランプは再選されず、民主党のジョー・バイデンが選ばれた。

 本書はさまざまなアメリカのアーティストたちの勇気ある作品や行動をサンプリングした、一曲の楽曲のようでもある。わたしは紹介されている楽曲を聞きながら本書を読んだ。音楽とは突き詰めれば空気の振動であり、振動は言語の壁を越えて、人間の身体の全体に届き、沁みこむ。これから、正しいと思ったことのために闘わなければならない場面に遭遇した時、本書で知ったミュージシャンたちの行動と共に、それらの曲が背中を押してくれるだろう。まさに、本書は社会における正義のためになにかしたいという気持ちを胸に抱えた人々に向けた、本の形をした「アンセム」(賛歌)なのだ。

■六原ちず
編集者、ライター。出版社勤務を経て、フリーに。子どもの頃の夢はマンガ図書館の館長。@chizu_rokuhara

(メイン画像=Unsplashより)

■書籍情報
『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』
高橋芳朗/著
TBSラジオ/編
出版社:スモール出版
定価:本体1,500円+税
出版社サイト

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