『カッコウの許嫁』作者・吉河美希が語る、読者の共感を呼ぶ漫画表現 「〈あんなこといいな〉という憧れを描きたい」

『カッコウの許嫁』吉河美希インタビュー

 『週刊少年マガジン』(講談社)で連載中の漫画『カッコウの許嫁』の第4巻が11月17日に発売となった。2020年1月より連載を開始した本作は、高校2年生の海野凪が、名門私立高校に通う超お嬢様女子高生・天野エリカと出会うところから始まる学園ラブコメディ。

 「許嫁がいる」というエリカから強引に恋人のフリを頼まれ、振り回される凪。だが、実は2人は赤ちゃんのころに取り違えられた運命の相手であることが判明。そして、凪こそがエリカの婚約者だったのだ……。ずっと実の妹だと信じきっていた幸、そして凪が密かに想いを寄せる学年1位の秀才・ひろ、とエリカとは異なるタイプの美少女たち登場し、相関図はさらに複雑に!

 5月に発売された第1巻は各書店で売り切れが続出し、講談社史上初となる4週連続で重版に。さらに講談社史上最速の10刷りなど、次々と記録を更新。9月に発売した第3巻は1秒間に2冊のペースで売れており、1巻の3倍、2巻1.5倍と右肩上がりに売上を伸ばしている。

 作者は『ヤンキー君とメガネちゃん』『山田くんと7人の魔女』など話題作を次々と世に放った吉河美希。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍する吉河に、本作が生まれた背景から、制作現場の様子、そして自身の青春時代について聞いた。すると、読者を夢中にさせる学園ラブコメが生まれる理由が見えてきた。(佐藤結衣)

「物語設定のカギは言葉の掛け合いが生まれるかどうか」

――大人気の『カッコウの許嫁』ですが、反響は届いていますか?

吉河:反響……うーん、どうなんですかね、あんまりわかんないです(笑)。連載が始まってすぐにコロナ禍で大変になっちゃったので、こっちもてんやわんやで。私も本作で始めてデジタル作画を導入したということもあり、パソコンがわからない状態のまま、アシスタントもそれぞれの自宅で作業することになったので、「一体ひとりでどうしたらいいんだー!」ってなっていました。なので、正直、反響とか気にしているよりも、「来週の原稿どうする!?」みたいな感じで。第1巻が発売されたときも「本当に発売した……んだよね?」くらいの実感のなさでした。

――デジタルに移行されていたからこそ、リモート作業が進みやすかったということはなかったのでしょうか?

吉河:私自身が慣れていないので、まったくその恩恵は感じられませんでしたね。本当はいろんなレイヤーとか駆使して描けばいいのに1枚のレイヤーに全部描いてしまうし、どうしても一発で線を描こうとしてゴリゴリに下描きもしちゃうし……結局紙に描いているのと一緒なんですよね。デジタルにしてよかったと思うのは、今のところ消しゴムのカスが出ないことくらい(笑)。

――そんな(笑)。

吉河:でも、全体的にデジタルにして幅は広がったとも思っています。今までだったら描きながら「あー、この配置、もっとこうすればよかった!」と思いついても、締め切り8時間前で描き直すのは物理的に無理だったんですが、デジタルだとそれができてしまう。満足のいく構図をギリギリまで粘って描けるっていう意味では……消しカス以外のメリットがあってよかった(笑)。

――改めて、この作品が生まれた経緯を聞かせてください。

吉河:最初は3本連続の読み切りの企画としてスタートした作品でした。1本目は今まで描いたことがないファンタジー+オフィスものにしようと考えて『東京ヘルヘブンズ』ができました。2本目は家族ものが描きたいなと思って『柊さんちの吸血事情』が生まれ……で、最後はやっぱり学園ラブコメかなと。実は『山田くんと7人の魔女』を描いていたときに、次にラブコメを描くなら「貧乏とお金持ち」みたいな設定がいいなって思っていたんです。ただ、その設定だけでは物語にはしにくいと考えていたところに、「取り違え」を組み込んだら面白く描けそうだなという感じでした。

――今回の主人公・凪が秀才である設定にはどんな狙いがあったのでしょうか?

海野凪

吉河:勉強ができるという自信から、格差を超えてお金持ちと張り合う立場を確立させる、みたいなところがあったと思います。ならば、取り違えられたエリカは対照的に悠々と楽しく、勉強なんかしなくても生きていけるという余裕を見せようかなと。そういう対象的な暮らしぶりもまた、言葉の掛け合いの種になるのではと思いました。

――なるほど。また凪が自分の立場を確立する最初のステップとして、学年1位にならないと告白ができないという優等生のひろがいるのも効いていますね。

瀬川ひろ

吉河:読み切りの段階では、ひろはいなかったんですよね。連載が決まったときにお嬢様のエリカと妹キャラの幸に、もうひと要素入れようという話になってできたキャラクターです。ひろのイメージは、少年誌の主人公なんです。凪が憧れてしまうカッコよさがある。ヒロイン3人には、そうした違いをつけていこうと考えました。

――確かに、住んでいる世界がクロスするきっかけがあって初めて「焼きそばパン知らないの?」みたいなことが起きますもんね。

吉河:そうそう! 私の漫画は、結構キャラクター同士の掛け合いが主軸で進んでいく描き方をしているので、そういう「ええ?」みたいな言葉のやりとりが生まれる展開が大切だなって。あとは、読者の共感ってやっぱり必要なので、「自分ももしかしたら取り違えられていて、本当はめちゃくちゃお金持ちの家の子だったらいいのに」みたいなことって誰もが一度は考えたことありそうだなと。漫画を描く上で、『ドラえもん』じゃないですけど〈あんなこといいな できたらいいな〉みたいな要素は絶対入れるようにはしています。

「漫画だから描ける〈あんなこといいな〉が共感につながるはず」

天野エリカ

――無粋な質問だとは思うのですが、この21世紀で男女の取り違えって……。

吉河:まあ、ないですよね。実際、助産師をやっている友だちがいるんですけど、聞いたら「絶対ない」って。「ですよね」って(笑)。

――でも、それを描けるのが漫画の持つ力ですよね。

吉河:そう思ってもらえると嬉しいですね。絶対ないかもしれないけれど、それでも「もしかしたら……」って思えたほうが世の中、面白いですから。

――そう考えると許嫁というのも、今のご時世なかなかないですよね。

吉河:そうですね。読み切り3作品を描いているときに、なんとなく心の中に「家族」のキーワードがあったんです。学園ラブコメを描くにしても、家族が絡んでくる「許嫁」を入れようと話を作っていきました。最近の子って、お母さん、お父さんと買い物とか旅行に行くみたいな、友だち親子が増えているそうなんですよ。一昔前だったら「許嫁? 知るか!」って終わってしまいそうですが、今なら「え、どうしよう。どうにかしなきゃ」ってなるのかなと思ったのも大きかったです。

――どういったところから、その「最近の子」たちの変化を感じ取ったのでしょうか。

吉河:具体的なエピソードがあったわけではないんですが、友だちの子供の話とか聞くとまだ年齢的にはちっちゃいですけど、すごく従順というか、親と距離が近い空気を感じたんです。「反抗期なく大人になった」みたいな話もよく聞きますし、わかりやすく尖っている学生も減ってきているような気がして。ただ、達観しているように見える学生さんたちも、「こんな家に住めたら超最高じゃん!」っていう憧れはあるはずだと思って、あの豪華なお屋敷での共同生活を描いています。

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