すべてから見放された少女、悲惨な物語の結末は? 『明治深刻悲惨小説集』が伝える、変わらない人間の業

明治時代から変わらない人間の業

 本書の最後を飾る樋口一葉「にごりえ」は、社会の底辺で苦しむ人間の生々しい声が今の読者にも突き刺さるに違いない傑作だ。主人公のお力は、表向きは飲み屋だが裏で売春も行う銘酒屋「菊の井」の看板娘。そのきっぷのよさが客を引きつけ、同僚からも好かれている。しかし彼女にも悩みはあった。悩みの種となっているのが、元常連客の源七。お力に夢中となって店に通い身を持ち崩したこの男は、縁を切られたにもかかわらず、まだ未練を残してつきまとおうとする。そんな源七の落ちぶれた姿を心配する、彼の妻・お初。彼女は何とか源七を立ち直らせようともがきながらも、家庭を滅茶苦茶にしたお力を憎む。

 憎まれ役のお力だって、好きで男をたぶらかしているわけではない。遊女稼業を続けることに疲弊し、先行きの見えない将来に不安を感じてもいた。

 〈菊の井のお力とても、悪魔の入れ替りにはあるまじ。さる子細あればこそ此処の流れに落こんで、嘘のありたけ、串談(じょうだん)に其日を送って、情は吉野紙の薄物に、蛍の光ぴっかりとする斗(ばかり)。(中略)さりとも折ふしは悲しき事恐ろしき事胸にたたまって、泣くにも人目を恥れば、二階座敷の床の間に身を投ふして忍び音の憂き涕(なみだ)。これをば友朋輩にも漏らさじと包むに、根性のしっかりした、気のつよい子という者はあれど、障れば絶ゆる蛛の糸のはかない処を知る人はなかりき〉。

 お力・源七・お初、3人の視点から救いのない遊女の人生を立体的に描いたこの作品は、持続化給付金の対象から風俗業を外すことを決定した人々、それを当然だと思う人々にこそ読んでほしい。とはいえ、お涙頂戴で物語は終わらない。読者の想像を掻き立てる謎めいたバッドエンドを用意するあたり、樋口一葉もまた作家として尖っている。

■藤井勉
1983年生まれ。「エキサイトレビュー」などで、文芸・ノンフィクション・音楽を中心に新刊書籍の書評を執筆。共著に『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、『村上春樹の100曲』(立東舎)。Twitter:@kawaibuchou

■書籍情報
『明治深刻悲惨小説集』(講談社文芸文庫)
選者:齋藤秀昭
出版社:講談社
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