愛嬌のある妖が魅力的な『しゃばけ』シリーズ 広がり続ける畠中恵の作品世界
畠中恵の作品世界を一本の木に例えるならば、中心となる幹は『しゃばけ』シリーズということになるだろう。漫画家アシスタントや書店員を経て漫画家デビューした作者は、その後、小説を志して都筑道夫の創作教室に足かけ9年通う。
このとき書いていたのは、現代小説であった。しかし都筑からはなかなか褒められず、応募しようとかと思った作品も行き詰まる。そんなとき、ぽこんと思いついたのが、2001年、第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した『しゃばけ』であったのだ。
この作品の主人公は、江戸の廻船問屋兼薬種問屋「長崎屋」のひとり息子の一太郎だ。心根がよく、利発であるが、とにかく病弱。元気なときよりも、寝込んでいる方が多い。そんな一太郎を、両親の藤兵衛とおたえは心配し、手代の佐助と仁吉が、過保護に世話を焼いている。
だが一太郎には重大な秘密があった。祖母が皮衣という大妖であり、妖の姿を見て話すことができるのだ。そんな彼の周囲は、妖に満ちている。まず佐吉は犬神、仁吉は白沢であり、共にお稲荷様の使いとして、一太郎を守護している。この他にも、鳴家・野坊主・鈴彦姫・見越しの入道・獺などなど、多数の妖が登場。一太郎の日常を賑やかに彩っている。
ところがある夜、ひとり歩きをした一太郎が殺人を目撃。妖たちの力を借りながら、下手人を突き止めようとするのだった。
素人探偵が事件を追う時代ミステリー。物語の枠組みだけ取り出すと新味がない。しかし主人公の周りに妖たちを配したことで、きわめてユニークな作品になった。特に注目すべきは、妖を愛嬌のある存在にしたことだろう。一太郎のことが大好きで、頼まれれば協力してくれる。彼の体を気遣い、無理をすれば叱ることもある。時に妖らしさを見せることもあるが、妙に人間臭い妖たちの存在が、実に魅力的なのだ。
この魅力を、強く補強したのが、柴田ゆうのカバーイラストである。『しゃばけ』がシリーズ化されると共に、柴田ゆうのイラストも大きくクローズアップされた。可愛らしさを感じさせる妖たちのイラスト(なかでも鳴家の可愛らしさは特筆すべきものがある)が、シリーズの人気の後押しをしたのである。
そして『しゃばけ』シリーズが好評を博すと、他の作家たちもさまざまなタイプの妖怪時代小説を執筆。時代小説界で一大ブームが巻き起こったのは、記憶に新しい。おっと、妖のことばかり書いてしまったが、もちろん物語も素晴らしい。シリーズは第2弾から、連作短篇がメインになっている。ミステリー・タッチの話の他にも、バラエティ豊かな内容を誇っているのだ。シリーズを順番に読めば、多彩なストーリーやスタイルに挑戦する、作者の成長の軌跡をたどれるのである。
また、基本的に明るく愉快なシリーズであるが、一方で人間を冷徹に見つめた作品もある。もっといえば、自らの創り上げた世界に対しても同様だ。シリーズの外伝をまとめた『えどさがし』に収録された、表題作を見てほしい。