村上春樹『夏帆』は評論家たちの間でも賛否両論に? 三宅香帆から福尾匠まで、それぞれの評価

村上春樹の新作『夏帆――The Tale of KAHO――』(新潮社)が7月3日に発売された。村上作品のなかでも「女性を主人公にした初の長編小説」ということで話題を集め、発売後ほどなく重版、累計部数は30万部を突破した。
村上春樹は、新作が出るたびに「今回は良かったのか否か?」「物語はどう解釈できるのか?」という話題でもちきりになる作家のひとりでもある。『夏帆』も発売から約2週間が経過し、さまざまな書き手たちによる“速報”的な評価がいくつか出てきている。
現時点で『夏帆』は文芸の目利きたちにどう評価されているのかを、ざっと見渡していきたい(以下では『夏帆』の物語内容に触れるところもあるので、未読の方は念のためご注意いただきたい)。
娘と母の物語

物語の冒頭は、主人公・夏帆がある男から「正直いって、君みたいな醜い相手は初めてだよ」と言われる衝撃のシーンから始まる。もちろん、この男と夏帆がそれ以降どのように関わっていくのかは小説の最後まで重要な鍵を握る。しかし、話の本筋自体は徐々に、夏帆の母親の身体を乗っ取った「シロアリの女王」なる存在と夏帆がいかに対峙するかという問題にシフトしていく。「シロアリの女王」がいったいなんなのかは議論を呼ぶところだが、まずは「夏帆の母が持っていた“悪”の象徴みたいなものなのかも……?」くらいに思いつつ読み進めていくことになるだろう。
では、“娘と母の物語”という前提を踏まえて『夏帆』をどう評価するのか。批評家たちの態度はここから分かれていく。
文芸評論家の三宅香帆はおおむね肯定的だ。昨年の紅白歌合戦でゲスト審査員を務めるなど、いまやお茶の間にも知られる売れっ子となった彼女は、「村上作品にずっと登場しなかった母が、こんな形で真正面から描かれるとは思わなかった」という(『新潮』2026年8月号掲載)。「村上春樹作品が、ここにきて、新しい主題を獲得しつつあることに、私は読者として驚き、興奮し、そして鮮烈な思いを抱かざるを得ない」のだと。そしてさらに、小説に出てくるある場面については「ほとんど感動的ですらある」と賛辞を送る。

なので、三宅も細かくは『夏帆』をどう評価しているか未知数な部分もある。なにせ『娘が母を殺すには?』(PLANETS)というド真ん中のテーマで1冊の本を書いている文芸評論家である。“娘と母の物語”にもいろいろなパターンと良し悪しがあることを知り尽くしているのだ。三宅は『夏帆』評を「すぐれた小説を閉じるとき、いつも私はどこか寂しい」と結んでいるので、彼女にとってこの小説が“高得点”だったことは間違いないものの、それが広大な“娘と母の物語”マップのなかでどのあたりに位置づけられるかという“偏差値”も気になるところである(品のない比喩だが)。
そして、この“娘と母の物語”マップは世界文学にも広がっていく。その点を紹介するのが、『なぜ日本文学は英米で人気があるのか』(ハヤカワ新書)などの著作でも知られる翻訳家の鴻巣友季子の書評(毎日新聞掲載)である。
鴻巣は現在の文学シーンについて明快にまとめる。「文学はパトリサイド(父親殺し)を営々と書いてきたが、今世紀は女性文学の興隆もあり、世界文学シーンは「母と娘」の主題――両者の抑圧、桎梏(しっこく)、共依存、断絶と和解を含む母殺し――が真っ盛りなのだ」と。一言でいえば、いまの世界的な文学シーンは“母と娘の物語”ブームなのである。
そのうえで鴻巣は、『夏帆』についてこう述べる。「村上がこうした波に乗ったとは全く思わないが、(中略)最も評価の集まるホットスポットにすらりと変化球を投げ入れた観はある」。今回の作品と流行のシンクロ(?)に対してちょっぴり嫌味を言っているともいないともとれる、絶妙な表現である。いずれにせよ、鴻巣はさらにある視点から「カント的な相関主義の発想」を今回の作品に読み取りつつ、「集大成作である」と『夏帆』評を結ぶ。一流の翻訳家による流石の読解は、ぜひ一読をおすすめする。
最後に、『夏帆』を厳しく評価している文章も紹介しよう。批評家の宇野常寛がnote上のひとりマガジン「u-note(宇野常寛の個人的なノートブック)」に掲載した有料記事である。
宇野は、村上春樹『1Q84』(新潮文庫)に出てくるキーワードをテーマとして取り上げた評論『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎文庫)を書くなど、村上春樹をどう読むかに長らくコミットしてきた批評家である。では、彼が『夏帆』をどう読んだかというと、無料公開の部分を見ても「結論だけ書かせてもらうと、端的に言って、村上春樹は(自分たちの弱さから)逃げている」と手厳しい。
これまで見てきた“母と娘の物語”については、宇野はそもそも独立メディアPLANETS代表として、前述の三宅香帆『娘が母を殺すには』に編集サイドから携わってもいる。宇野の厳しい『夏帆』評価も、“母と娘の和解の物語”をどう描くかという点に関わる。そのうえで、批判すべき核心はどこにあるのか、という鋭い分析についてはネタバレになってしまうので有料部分を購入してもらおう。いずれにせよ、宇野の現時点での判断は、村上は「かなりポイントを間違えた「母と娘」の物語を書いてしまっている」というものである。
伝家の宝刀=文体はどうか
ここまで、“娘と母の物語”というテーマに沿ってさまざまな『夏帆』評を見てきた。しかし、村上春樹といえば、テーマ中心(あるいはテーマオンリー)の小説評によく異議を唱えている作家でもある。たとえば川上未映子との対談『みみずくは黄昏に飛び立つ』(新潮文庫)では、「僕にとっては文章がすべてなんです」と語る。「物語の仕掛けとか登場人物とか構造とか、小説にはもちろんいろいろ要素がありますけど、結局のところ最後は文章に帰結します」と。つまり、俺のやってるテクニカルな文章調整の上手さもわからないやつが、“母殺し”だの“父殺し”だので小説をわかった気になるなよ、と(翻訳にかなりの飛躍があるかもしれないが)。
もちろん、上述の批評家たちも村上の文章技術をわかったうえでこれまで見てきたようなことを書いているはずだ。たとえば三宅香帆は『文体のひみつ』(サンクチュアリ出版)で、村上春樹の文体=スタイルが持っているリズムを分析している。
ほかの『夏帆』評でも、文体はしっかり評価されている。たとえば歌人の大森静佳による書評(読売新聞掲載)は、村上文体への詩的な言及から始まる。「村上春樹の文章のリズムは、能舞台を白足袋で進む「すり足」のようだと思う。重心が揺れない。飛び跳ねない」。そして、この文体がいかに村上春樹的な世界につながるか、を描く書評自体も美しい。このあたりは表現者中心で組まれた上述の『新潮』特集にも通じるところである。
また、さきほどはその『新潮』特集について「寄稿者はもし『夏帆』に疑問を抱く部分があってもわざわざ書かないだろう」としたが、そんななかで哲学者・批評家の福尾匠はテーマと文体の両方に対して踏み込んだことを書いている。「『夏帆』は「母殺し」という主題や、三人称と一人称を行き来する「自由間接話法」的なスタイルといった表面的な新しさはあれど、僕にはどうにもそれがうまく機能しているようには思えなかった」というのである。このほかにも福尾は、夏帆がふだん履いているという「テニスシューズ」が醸し出す違和感について指摘し、さらにある意外な「シスターフッド」が結ばれる可能世界も示唆するなどスパイスの効いた『夏帆』評を展開している。
というわけで、『夏帆』が現時点でどのように評価されているかを見てきた。そもそも、村上春樹をどう読むかは、かつて彼を低く評価した柄谷行人と高く評価した加藤典洋といった“大御所”たちの対比にも鮮やかにあらわれているように、評価するそのひと自身のスタンスが問われる問題でもある。もちろん『夏帆』評のすべてを取り上げられたわけではないし、今後どんどん出てくるであろう別角度の批評も楽しみだ。
“今後”で言えば、宇野常寛と三宅香帆が批評家の酒井信と3人で行うトークイベント「村上春樹と対幻想――家族をめぐる想像力と戦後日本」も8月1日(土)に行われるという。上述の宇野と三宅の評論はある意味“ジャブ”だと言えるはずなので、このイベントでいったいどんな『夏帆』評が飛び出すのかは気になるところだ。また、当メディアでも新たな『夏帆』評をこれから掲載していく予定である。『夏帆』を語り合う楽しい夏はこれからも続く。
■書誌情報
『夏帆――The Tale of KAHO――』
著者:村上春樹
価格:2,860円(税込)
発売日:2026年7月3日
出版社:新潮社
■関連情報
『村上春樹と対幻想――家族をめぐる想像力と戦後日本』
登壇者:酒井信×三宅香帆×宇野常寛
価格:会場2,500円(税込)【完売】、配信2,500円(税込)
日時:2026年8月1日14時~
場所:東京都豊島区北大塚1-15-5 2F 「宇野書店」
詳細:https://peatix.com/event/5038007























