紗倉まな『春、死なん』で見せた小説家としての力量 名物書店員が読み解く

紗倉まな『春、死なん』で見せた小説家としての力量 名物書店員が読み解く

 紗倉まなという人は、とても繊細な小説家だ。過去の作品『最低。』や『凹凸』も、薄皮をはがした時のひりつくような痛みがあって素晴しかったのだが、「春、死なん」「ははばなれ」の二つの短編を収録した新刊『春、死なん』によって、小説家としての本来の姿を現したと思った。緻密に撚り合わせられた物語を眺め、文章のエッセンスを味わってみると、著者の書き手としての力量をまざまざと感じられる。

 「春、死なん」は、妻を亡くし、息子家族と二世帯住宅に住んでいる七十代の富雄が主人公だ。彼は眼の異常による妄想と、時折突き上げる性の衝動に悩んでいる。

 これだけ聞くと「老人の性」というテーマで片づけられてしまうかもしれないが、単純に読者にそう感じさせない理由は、物語を見つめる著者・紗倉の独特な視線のさまよいではないか。ひとつの物語を様々な視点から読むことができる。富雄を入れ子のようにして立ち上がってくる、登場人物の感情の描き方が本当に巧く、感興が湧き物語のコクとなっている。

「殻から舌先だけ出して辺りを窺って、世界を歪めて見つめて、少しでも傷つきそうになったら隠れて。そんなんじゃ誰も、お義父さんのことを理解できないですよ」

 時にエキセントリックにも感じられる息子の嫁である里香、亡き妻・喜美代、学生時代の短歌サークルの友人でひょんなことから再会した文江。イマドキのちょっと派手な女子高生の孫・静香の家族への冷静な視線によって、登場人物たちの、特に女性たちの存在が鮮やかに浮かび上がってくる。

 文章の抑揚にもかなり気を使っているのが分かる。特にそれを感じられるのは、富雄が再会した文江と公園を歩く場面だ。鉄棒を見つけた文江が、その鉄棒を軽やかにくるっと回り、富雄はそれを見つめる。この場面は「春、死なん」の名場面で、読みどころだ。

 ラストの素晴らしさにも目を見張る。とにかく格好悪いのラストではあるのだが、登場人物達の“その後”を想像することができるのだ。彼らが体験したことや想いが濾過されていくように感じ、読んだものに多幸感が注がれる。読み終えて、心に残った感情を追いかけたくなったのは自分だけではないだろう。

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