名物書店員がすすめる「“今”注目の新人作家」第1回:『熊本くんの本棚』『結婚の奴』

書店員が勧める「注目の新人作家」第1回

能町みね子3作目となる私小説『結婚の奴』

 エッセイストでありながら、他にも様々な方面で活躍する能町みね子は厳密にいえば新人ではないかもしれないが、12月に刊行された第3作目の『結婚の奴』(平凡社)はぜひ紹介したい。『お家賃ですけど』『私以外みんな不潔』に連なる「私小説」だ。

 本書は、能町本人とゲイであるサムソン高橋が生活を共にするところから話が始まる。現在進行形で綴られる物語にうきうきするような楽しさがあり、読みながら思わず笑みが浮かんでしまう。2人の間に生じるやりとりが生き生きと描かれていて、話に彩りを与えているのも嬉しい。(余談だが個人的には田島貴男ボーカル時代のピチカートファイヴの名作「ベリッシマ」のジャケットポスターの扱いにぐっと来た)

 そして、当たり前のように起こる周囲の恋愛、結婚、出産の知らせに対して、能町の感じる生きづらさも言語化されている。そこにはルサンチマンや、コンプレックスが埋もれ火として残るものの、時にその感情を引き離し相対して淡々と綴る、能町の観察眼としなやかさがとても魅力的である。中でも、親交のあったライターの雨宮まみ(2016年40歳の若さで亡くなった)への記述は胸に刺さる。

 死にたい死にたいと言って周りの人にさんざん心配をかけ、迷惑をかけ、いつまでも死なない人がいる。それはとてもすばらしいことだ。それに対し、マジメに生きて他人にも真摯に優しく対応し、自分のつらい気持ちは奥底に押さえ込み、結果として死んでしまう。これはダサい。ものすごくダサい。生きたほうがいいに決まってる。心から憧れていた人がその絶対値だけを残してきれいに裏返り、心から見下す対象になった、と思うとまた状況の不条理さに汚い涙がにじんできそうになるが、もうさすがに泣くのは飽きた。

 サムソン高橋との関係を通じ、能町自身に訪れる驚きと発見が、生活の延長線上に次々と洗い出されていく。少しの緊張感をまぶしつつも、互いの日常を擦り合わせ、いつの間にか信頼し合っている。その幸せな様子は、もしかしたら「恋に似た物」と言っていいのかもしれない。だがそれは、「恋愛」の偽物では決してないことが読んでいくとわかる。

 エッセイでも小説でも、能町の文章は読んでいると素直な優しさをいつも感じられる。その理由は、読み手に安易に同意を求めない矜持と正直さだろう。今回も押しつけがましくない私小説で、読者にも波及する多幸感があり、この2人の世界がまだまだ続いていってほしいと読みながら思った。

■山本亮
埼玉県出身。渋谷区大盛堂書店に勤務し、文芸書などを担当している。書店員歴は20年越え。1ヶ月に約20冊の書籍を読んでいる。会ってみたい人は、毒蝮三太夫とクリント・イーストウッド。

■書籍情報
『熊本くんの本棚 ゲイと私とカレーライス』
著者:キタハラ
出版社:KADOKAWA
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000576/

『結婚の奴』
著者:能町みね子
出版社:平凡社
https://www.heibonsha.co.jp/book/b482387.html

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