『本好きの下克上』『PUFF パイは異世界を救う』……異世界ラノベ、新潮流は“知識の活用”?
カルロ・ゼン『幼女戦記』、丸山くがね『オーバーロード』、暁なつめ『この素晴らしい世界に祝福を!』、長月達平『Re:ゼロから始める異世界生活』と並べた4作品に共通するのが、ネット発でKADOKAWA系から書籍になってテレビアニメにもなり大ヒットしたこと。そして、異世界に転移するなり転生した主人公たちが、前世の知識や新しく得た能力を使って、移った先の世界で大活躍する物語であることだ。いずれも発行部数が数百万部に達する人気ぶり。ライトノベルの主軸をこうしたジャンルに移す要因にもなっている。
もちろん、ネット発の異世界転生物はKADOKAWA系の独壇場ではなくて、伏瀬の『転生したらスライムだった件』はマイクロマガジンから刊行され、講談社からコミック版も出て関連書籍を含めたシリーズ累計が1000万部を超えるヒット作になっている。先のKADOKAWA系“異世界かるてっと”組も含め、小説だけでも評判だったのがコミックになり、アニメ化されることで世に面白さが知られて小説版の売り上げを伸ばしているようだ。
そんな流れに続きそうなのが、2019年10月からテレビアニメがスタートした香月美夜の『本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~』。発行元はTOブックスで、マイクロマガジンと同様に大手とは言えないが、すでに発行部数は200万部を越えて今も続きが刊行中。アニメ化によってさらに大ブレイクする可能性がある。
本が大好きで、司書を目指して勉強し、ようやく図書館への就職が決まった本須麗乃。ところが、発生した大地震で本が崩れて下敷きとなって死んでしまい、目覚めるとそこは西洋の中世のような世界で、麗乃は前世の記憶を持ったまま、マインという5歳の少女の中に入っていた。
異世界に転移なり転生する作品の典型。最近は転移者が最強の空手家だったり、いすゞのエルフトラックを召喚できたりとパターンを競い合っている感じがあるが、2013年から「小説家になろう」で連載された「本好きの下克上」シリーズはこうした大喜利とは無関係で逆に地味。転生した世界に本はあっても貴族しか読めない高価なものだと分かったマインが、ただ本を読みたい一心から、その世界にはまだない紙を作り、本を作ろうと奮闘する。
そこへと至る道も、まずシャンプーを手作りして興味を持った商人に権利を売り、資金を手当てして紙漉きに適した植物を探し、紙漉きのための道具を作り工房を立ち上げて量産へと持っていくといったステップを踏んでのもの。魔法であっさり紙を作り出すといったチート展開はない。だが、こうしたステップが逆に人間が社会を生きていくために必要な商売の知恵であり、望むもののために努力する気持ちの大切さを感じさせる。
現実の歴史でも起こった印刷技術と本の普及に伴う社会の変化を、ファンタジーの中に移して再体験させてくれる物語でもある。「小説家になろう」で完結した連載を加筆修正して刊行している単行本はまだ途中で、アニメの方もマインが本をその手に持つ姿が描かれるのか分からない。ネットで一気読みしたい気もするが、マインのようにステップを踏んで社会に居場所を得て、金を稼ぎピンチを乗り越え目的に向かって進む姿を1冊1冊の単行本で追体験することで、この厳しい社会を生き抜く力のようなものを得るのも悪くない。