MY FIRST STORY Hiro、『ワイドナショー』出演が話題に ミュージシャンがワイドショーに求められる理由とは?

 最近、ワイドショーなどに呼ばれるミュージシャンが増えている。記憶に新しいのは、『ワイドナショー』(フジテレビ系)へのMY FIRST STORYのHiroの出演である。そもそも、MY FIRST STORYは積極的に地上波の音楽番組に出るタイプのバンドという印象はなかった。そのため、『ワイドナショー』への出演にある種の驚きと新鮮さを感じることもあったが、オンエアを見る限り、綺麗に番組の中にハマっていたように感じる。それにしてもなぜあそこにブッキングされたのがHiroだったのだろうか。ひいてはなぜミュージシャンが積極的にブッキングされるようになっているのだろうか。そのことを、少し考えてみたいと思う。

MY FIRST STORY『1,000,000 TIMES』

 当然ながら、どんな番組にもカラーというものがあるし、笑いのとり方や盛り上げ方というのはある程度決まった形があるはずである。テレビ番組はサッカーチームに似ているところがあると言われているが、その所以は番組ごとにカラーが決まっているからである。たとえば、バラエティ番組であるならば、番組の構造上、基本的には一人のストライカーが笑いをバシバシ取っていく形に収まりやすい。特にMCに近い立ち位置の人物が「ボケ」ならば、そういう形に収まるのが綺麗になりやすいし、番組の力学として、威力の強いボケは、番組の中には一人配置されていることが多いように思う。

 『ワイドナショー』において、サッカーでいうところのストライカーの立ち位置を担っているのは松本人志であろう。ひとつひとつの笑いを生み出す=点を取りにいっているのは松本人志が多いだろうし、番組内で「オチ」をつけることが多いのも松本人志であることが多いように感じる。また、各々のコメントが交錯しすぎて、番組が脱線しないようにきっちりと番組の流れをコントロールする、サッカーでいうところの司令塔のような立ち位置、つまりは司会進行的な役をたち振る舞っているのは、東野幸治であろう。

 ストライカーと司令塔。『ワイドナショー』においては、最初からここが固まっているため、ここを軸にして、他の人たちのブッキングがなされているように思う。そう考えた時、積極的にボケ=点を取りに行くストライカータイプは、あの番組においてはあまり重宝されない印象を受ける。少なくとも、松本人志のボケを殺すようなボケが出てくることはまずないに違いない。そう考えた時、ストライカーが点を決めに行きやすい、アシストが行えるようなタイプが重宝される。ボケの起点を作るような変わったコメントを言うことができたり、放たれたボケをきちんと回収することができる感性を求められるのがコメンテーターだ。

 そう考えた時、Hiroはそういう要素を兼ね備えた絶妙な立ち位置からコメントしていたように思う。ある時は20代の好青年な立場からコメントをする、あるときは両親がともに大物ミュージシャンという特異な立場のバンドマンという職業の立場からコメントをする、ある時は他のコメンテータよりも一素早くツッコみに回るアシストとしてコメントをしていた、そのように思うのである。

 しかも、そのあり方が実にナチュラルだったのだ。仮にもしこれが芸人なら、笑いを起こすことをあまりにも優先的になってしまい、バラエティ色が強く出すぎてしまう懸念がある。そう考えた時、Hiroは「芸能人」でありながらも、(ある種の)一般人感も出している、実に絶妙な立ち位置だったように思うのだ。庶民的な目線を持ち合わせつつ、独自の視点(ミュージシャンならではの視点)で意見を繰り出すこともできる、そういうサッカーでいうところのミッドフィルダー的な立ち振舞いを、ナチュラルに行っていたように感じるのである。だからこそ、チーム全体のバランスをみたとき、実に綺麗にハマっているように感じたのである。

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