2024年を振り返るアニメ評論家座談会【前編】 “クリエイター”をめぐる環境変化の1年

2024年を振り返るアニメ評論家座談会【前編】

アニメ監督の出自の変化

劇場版『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』×aiko「相思相愛」スペシャルムービー

——アニメーション監督に目を向けると、近年では女性のアニメーション監督が増えた印象があります。この点については、どのような理由があるのでしょうか?

杉本:実際女性監督は増えていますし、今後もその比率が下がることはないと思います。恐らくアニメーターや制作進行に女性が増えてきたおかげで、監督になるための道が広がった。これはすごく良い傾向だと思いますし、今後さらに躍進していくと思います。2024年は特に女性監督の活躍が目立ちましたよね。山田さんと永岡智佳さん、久野遥子さんが代表でしょうか。 

藤津:そうですね。自分が仕事先で見ている印象だとアニプレックスなどでは、女性プロデューサーがかなり多い印象です。制作現場でも女性が多くなってきていますし、様々な監督もいらっしゃいます。今後はさらに増えていくことでしょう。今後の展開に注目したいです。今年でいうと、例えば石谷恵さんは『ONE PIECE』シリーズのときからインパクトのある回を担当されていましたが、『ONE PIECE FAN LETTER』は特にすごかったです。永岡さんは『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』をヒットさせましたね。多分、彼女は女性監督として初めて興行収入が100億円を超えた方だと思います。近年だと他には『ソードアート・オンライン プログレッシブ』の河野亜矢子さんも注目されていますし。

渡邉:アニメーション業界での女性の活躍はますます重要になってきているというのは私も同意見です。永岡さんは他に、『うたの☆プリンスさまっ♪』も手掛けていましたね。人気IPに支えられていますが、それを加味しても監督として素晴らしい実績を残しています。プロデューサーもそうですが、現場でも女性のスタッフが増えてきている印象です。  

杉本:作家性に関連して言えば、インディペンデント系から長編に挑戦する人たちが出てきたのも、今年の傾向としてありますね。

藤津:インディペンデント系の監督について目を向けるなら、2000年代初頭のフラッシュブームがまずあって、その後2000年代半ばにニコニコ動画で「歌ってみた」や「踊ってみた」を通してMVをいろいろな人が作れるようになったという流れに注目したいです。これは実は新海さんがデビューした「後」の流れで、新海さんのやり方とは少しラインが違う。特に『数分間』のぽぷりかさんは、MVぐらいの長さの連作短編という企画からスタートして、結果的に40分~50分くらいの作品を頭から作ることになったそうなので、これは非常に面白いと思います。30分くらいの作品なら独自になんとか制作できるとは思いますが、資金的な面でも人手の面でも、長編はハードルが高い。そう考えたとき、ゴールを長編に設定しながらまずは中編を作り、その中から長編にステップアップしたり商業のプロデューサーが関わるかたちで進んでいくという形式が最近では増えている印象です。

渡邉:実写で言うと、今年は『侍タイムスリッパー』がヒットしました。浮き沈みを繰り返しながらインディーズ発で広がっていく流れは、アニメ/映画を問わずこれからも続いていくんだろうなという予感があります。

藤津:インディーズからの流れだと、『PUI PUI モルカー』の劇場版が公開されましたね。『モルカー』はインディーアニメから始まり、ショートフィルムでヒットしたあと今度はいわゆるIPが一人歩きするという感じになっているわけですけれど、こういうケースは多分今後もっと増えていくと思います。

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杉本:クリエイターの個性が表現できる形態が形成されつつある一方で、製作会社のほうに目を向ければ、商業アニメは巨大化が進んでいます。今年話題になったのは東宝のサイエンスSARU買収とオレンジへの出資、サイバーエージェントのニトロプラス買収、あとはKADOKAWAの動画工房買収あたりでしょうか。アニメ業界はこれまで中小企業の集まりというかたちでやってきましたが、制作費の増大など環境が激変している最中です。競争力を維持するためには、やはり大型化していかないと難しい。なので大手企業がその軸を作りつつある印象です。この傾向はまだ続くでしょうね。

藤津:私も、少なくとも業界の趨勢がはっきりするまではこの流れが継続すると思います。制作ラインの確保という言葉もよく聞きますが、これは制作会社を抑えることで、何年か先まで作品を安定して供給することを目指すものです。最近では、ソニーがKADOKAWAの筆頭株主になり、戦略的な資本業務提携に合意しました。これについてはKADOKAWAの株主事情とは別に、クランチロールを買収したことで世界に向けた配信会社は持っているソニーが、次は川上の「原作」を作れる会社をグループで持つことを考えているのではないかという観測もありました。なんにせよ、大きなメディアグループ化が進んでいるのは間違いありません。

杉本:現状としては大手企業が優秀なスタジオを抱え、作品を作ることで利益を生み出すという方向性に進んでいくのでしょう。ただ、大きな資本にアニメ会社が次々と収まる時代になると、どんな作品を作ることになるのかが気になりますね。大手に吸収される過程で変質してしまう部分もあるので、作風というか、それぞれのアニメスタジオの個性がどこまで維持されるかというのは重要です。

藤津:おっしゃる通りだと思います。確かに大手企業の傘下で人気原作を手がけるということは、経営はとても安定するはずです。ただその一方で、制作スタジオのアイデンティティという点でそれが掛け値なしに良いことかというのは難しい問題です。そのまま人気原作を作るということは、アニメ産業が出版産業の「映像化部門」という――いってしまえば下請け――になるという側面があるわけで、そこで制作スタジオが自分のたちのアイデンティティや立場をどう確保していくかは大事になってくるでしょう。

参考
※1.https://www.ben54.jp/news/224

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