テレビドラマは今どう語られるべきか? 『ふてほど』『アンメット』など2024年重要作を総括
2024年は、ユーキャン新語・流行語大賞の年間大賞に「ふてほど」(『不適切にもほどがある!』(TBS系)の略称)が選ばれ、トップテンに『地面師たち』(Netflix)の台詞「もうええでしょ!」、ノミネート候補にNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『虎に翼』の台詞「はて?」が選ばれ、『半沢直樹』(TBS系)の「倍返し」と朝ドラ『あまちゃん』の「じぇじぇじぇ」が年間大賞を受賞した2013年以来、ドラマが世の中で話題になった年だった。
だが一方で、視聴者のドラマの見方は多様化しており、テレビのリアルタイム視聴、録画視聴、TVerの見逃し配信、そしてNetflixを筆頭とするストリーミングサービスでの一気見といった視聴方法の違いに応じて、視聴者が面白いと思う作品も多様化している。
その結果、各クラスターごとにクオリティの高い人気作がある一方、誰もが観ていたという大ヒット作は減りつつある。そんな多様化の進む時代に、どのようにドラマは語られるべきなのか?
田幸和歌子、木俣冬、成馬零一の3人に2024年のドラマを振り返ってもらった。(前編)
田幸和歌子のベスト5
1.『宙わたる教室』(NHK総合)
2.『ライオンの隠れ家』(TBS系)
3.『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)
4.『燕は戻ってこない』(NHK総合)
5.『アンメット ある脳外科医の日記』(カンテレ・フジテレビ系)
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木俣冬のベスト5
1.『アンメット ある脳外科医の日記』(カンテレ・フジテレビ系)
2.『VRおじさんの初恋』(NHK総合)
3.『不適切にもほどがある!』(TBS系)、『終りに見た街』(テレビ朝日系)
4.『燕は戻ってこない(NHK総合)
5.『光る君へ』(NHK総合)
成馬零一のベスト5
1.『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』(テレビ東京系)
2.『イシナガキクエを探しています』(テレビ東京系)
3.『海のはじまり』(フジテレビ系)
4.『不適切にもほどがある!』(TBS系)
5.『虎に翼』(NHK総合)
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“評論家”と“視聴者”が観ているものが違う?
ーーリアルサウンドでは年間ドラマベスト10の記事を毎年、ライターさんに書いてもらっているのですが、今年は特に作品の傾向がバラバラなんですよね。
成馬零一(以下、成馬):3人の作品で被っているのは『アンメット』『燕は戻ってこない』『不適切にもほどがある!』(以下、『ふてほど』)ですね。宮藤官九郎さんは今年は豊作で『新宿野戦病院』(フジテレビ系)も『終りに見た街』も『季節のない街』(テレビ東京系)も良かったんですけど、一番話題になった作品として『ふてほど』を挙げました。でも一番今年を象徴していた作品は昨年、大石静さんと宮藤さんが共同脚本で執筆した『離婚しようよ』(Netflix)なんですけどね。今年国内外でおこなわれた選挙の熱狂をみて、逆にあのドラマの凄さが理解できました。
木俣冬(以下、木俣):さすが新語・流行語大賞を取る作家だけあって機を見るに敏ですね。
成馬:あと、毎年の傾向ですが、他の方のベスト10を観ていると、NHKのドラマが多いですよね。
田幸和歌子(以下、田幸):そうなんですよ(笑)。ちなみに『離婚しようよ』が選挙を描いたのは、おそらく2020年にドキュメンタリー映画として異例のヒットを遂げた『なぜ君は総理大臣になれないのか』の影響があると思います。地盤・看板・かばん・ナシの小川淳也さんを大島新監督が2003年から追いかけた作品で、「選挙」がエンタメ的鉱脈として注目されたんですね。NHKドラマに話を戻すと、近年増えている社会派ドラマもやっぱりNHKが圧倒的に強い印象です。
木俣:良質なものと思うと、どうしてもテーマ性のあるNHKのドラマになるんですよね。
成馬:ドラマをたくさん観ている専門家が選ぶとNHKドラマばかりになってしまう理由については、一度ちゃんと考えたいですよね。
木俣:今は、ちゃんとしたドラマと、軽くて愉快なドラマを求める層が分断していて、私たちみたいな職業の人たちが語る作品は前者に偏っていて、語り口も似てしまう感じがありますよね。
成馬:悩ましいところですよね。ふだんドラマを習慣的に観てないけどカルチャーの感度が高い人と喋ると『ふてほど』、『地面師たち』、『虎に翼』は観ていたって話になるんですよね。だからあの三作が、今年は幅広い層に一番届いたと思うので、そこはちゃんと押さえておかないと、今年のドラマを振り返る座談会としては、少し歪な感じになりますよね。
ーーリアルサウンドでは、『虎に翼』と『海に眠るダイヤモンド』と『ライオンの隠れ家』の記事が特に読まれていました。『宙わたる教室』の記事も読まれていて、田幸さんが挙げた3作は秋クールではダントツでした。
田幸:『宙わたる教室』は第1話を観て凄くいいと思って、いくつかの媒体に記事を書きたいと企画を出したのですが、最初は「地味」って言われたんですよね。何しろ定時制高校が舞台で、薄暗いシーンばっかり。出演者もボソボソっと静かに喋る人ばっかりだったので「いい作品なんだろうけど地味だよね」って却下された。一部のメディア関係者は「地味か派手か」で考える人が多いのですが、良作だとこんなに届くんだっていうのが驚きでした。とにかく手間をかけて丁寧に作っていて、出演者の中に16歳未満がいるために、撮影は日中にやっているのですが、教室などをすべて黒い遮光ビニールで覆って夜の教室を再現したり、劇中に登場する実験も全て実際にやっていたんですね。それが理論通りになかなか行かない苦労もあったそうです。原作では各章で主人公が異なるオムニバスを10話のドラマにするため、先生を主人公に据え、描かれていない部分を補足していく台本も丁寧で。台本打ち合わせには毎回4~6時間かけていたそうです。ですので、『宙わたる教室』が多分、メディアの最初の受け止めと視聴者の熱量が一番乖離してた作品だなっていう気がします。ずっと夜の教室が舞台で暗くて静かなドラマなんですけど、回を重ねるごとに観ている人たちの熱量が高まっていって、SNSでイラストを描く人とか、作品が終わった後もその後の彼らの妄想を描く人とか、たくさん生まれていた。ちょっと異質な盛り上がりだったなと思いました。おそらく『海に眠るダイヤモンド』は、こういう盛り上がりを制作陣が想定して作っていたと思うのですが、『宙わたる教室』はダークホースだったんじゃないかなと思います。
成馬:何を基準に盛り上がったというかが難しい時代になったなぁと思っていて。実は話題になった『虎に翼』ですら世帯視聴率の平均が20%に届いてないんですよね。『海に眠るダイヤモンド』も日曜劇場の基準で言うと低くて全話の平均は8.2%。でもSNSでは盛り上がっていて観られているのが伝わってくる。逆に『海のはじまり』などの生方美久脚本のドラマはTVerで若い視聴者に観られている。『わたしの宝物』(フジテレビ系)もそうでしたが、今はTVerでじっくり観たいという人に届きやすい作品も存在して、そこで独自の文化圏が出来上がりつつある。一方で、Netflixなどの配信系の作品もある中で、視聴率やDVDセールスといった分かりやすい指標があった時と比べるとドラマの全体像が凄く見えにくくなってますよね。そんな中でNHKドラマを評価する人がリアルサウンドで書いているライターさんに多いのは、映画でいうところのシネフィルみたいな文化圏が2010年代にTwitterを中心に生まれた。SNSでドラマ好きを公言する人たちが良心的で語りたくなるドラマに朝ドラを筆頭とするHNKドラマが多くて、逆にその層の視界から外れた作品はあまり語られないという状況があるのかなと思います。
田幸:確かにいろんな指標があって複雑化しているのですが、録画や配信で好きな時に観られる時代に、あえて本放送をリアタイ(リアルタイムで)視聴をしたい人が多い作品というのは「盛り上がり」を示す指標と言えるのではないかと思います。このリアタイしてでも観たいドラマが今も地上波にあるってことはすごく大きいと思ってて、秋クールでいうと『ライオンの隠れ家』と『海に眠るダイヤモンド』の2作は、絶対リアタイしたいと思う作品にあげる人が多かったと思うんですね。
成馬:『ライオンの隠れ家』はどのあたりが魅力的でしたか?
田幸:『ライオンの隠れ家』はキービジュアル見てみるとほのぼのホームドラマのようで、実はサスペンスなんですけど主軸を置いてるのはヒューマンドラマ。『ライオンの隠れ家』は作品の質の高さにファンがついていて、ドラマが好きで観ている人はちゃんと評価している。そのあたりは評論家の意見と乖離しているところだと思うんですね。評論家は、脚本家やプロデューサーで語る人が多いですけど『ライオンの隠れ家』の松本友香プロデューサーは、とても丁寧な仕事をしてるんですけど、まだ若手でそこまで知名度があるわけじゃない。
成馬:『私の家政夫ナギサさん』(TBS系)を企画された方ですね。
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田幸:「松本プロデューサーだから観る」というほどのネームバリューはまだなかったと思うんですよ。それで脚本は『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)の徳尾浩司さんと新人の一戸慶乃さんのタッグで、お二人の名前だけで観る人は、おそらくそんなに多くはないと思うんです。どんどん評価が高まっていったのは脚本家やプロデューサーの名前ではなく、中身で作品を観る人がちゃんとドラマを観ているからだなっていうのが『ライオンの隠れ家』の盛り上がりだと思います。実際、1話についてお二人の間で交換日記方式で台本を4~5往復して練り上げたそうですから、出来が良いのも納得です。
“評論家”は何を書くべきなのか
木俣:かつては一般の人が声をあげる場がなかったじゃないですか。でも今はプロの評論家も一般視聴者もSNSで同じ土俵に上がって一斉に感想や評論を書いている。そこで求められるのは評論家的な多角的な分析ではなくて、一般視聴者のそんなにマニアックじゃない素直な気持ちだと思うんですよね。昔からそういうふうにドラマを観ていた人たちの方が多数派で、評論家なんて世の中の一握りに過ぎず、たまたまメディアで発言していたから影響力があるように見えただけだと思うんですよ。それこそ何年か前に成馬さんが「今のドラマ評論の書き方でいいのかと悩んでいる」と私との対談でおっしゃっていましたが、一般視聴者と評論家の意識のズレは、さらに強まってますよね。例えば、私がSNSに何か書く場合、俳優さんのここが良いというファン目線の発言のほうが断然喜ばれてたくさんの人に読んでもらえるし、シンプルに良い悪い、好き嫌いと断じたほうが好まれます。……じゃあ仕事として書いている私たちが一般的な視点で書けばいいかというと、そうではなくて。こちらとしてはその間に隠れているものや違った視点を探すのが仕事だと思ってやっているわけですが……。
成馬:いつの時代も、好きな俳優を観たいという「推し活」としてドラマを観ているという人が大多数なんだと思いますよ。考察と推し活が主流になると、真っ先に排除されるのは小難しい評論ですよね。自分はわざわざドラマ評論家と名乗ってるので、こういう人間はいずれいらなくなるだろうなぁと、数年前から思ってます。
木俣:一般的なノリに乗っかって、数字を取れる書き手でいたいのか、そこには乗っからずに独自の切り口を見せるという意地を見せるのかが、私たちの仕事は今、問われているのかなと思います。田幸さんが大勢の人が観ている作品もしっかりおさえていて、成馬さんはマニアックだけど新しいものを発掘しようとしている中、私は守備範囲が狭いほうですが、書き手としての独自の視点は無くしたくないんですよね。
田幸:私は自分を評論家とは思ってなくて、やっぱりライターとして一般の人が知りたいことに突っ込んでいくスタンスなんですよね。評論家やコラムニストの方の中には、取材はしないというスタンスの人っているじゃないですか。現場に行って、関係者と話して内情を知っちゃうと書けなくなるから取材はしませんよというスタンスの方は少なからずいらっしゃるのですが、現場を取材するライターってやっぱり別のものがあって、私はどっちもやってるので、一視聴者としてみんなが知りたいことを自分の立場だから代表して聞けるという感覚があるんですね。だから、第1話を観て「これはくるぞ」と思うドラマは制作者インタビューなどをその時点でいろいろな媒体に提案し、取材し、視聴者がのってきた、熱量が高まって、もっと情報が欲しいという飢餓状態のタイミングで掘り下げる記事を提供する。“批評家”とはスタンスがちょっと違うところがあるんだと思います。
成馬:その観点で言うと、どのファンコミュニティとも距離は取りたいなぁと思って僕は書いてますね。SNSを見ていると、どの作品を褒めてどの作品を貶めれば、どういう層の人が喜ぶのかがある程度わかるじゃないですか。そこに同調せずに自分の意見を出すのが年々、難しくなっていて。特に今年は記事を書く時にめんどくさいことがいっぱいあったなぁと思って。結局、読者は作品を褒めてるか貶してるかで判断していて、自分が推してる作品の敵か味方かってことでジャッジするじゃないですか。それが戦争状態になってたのが『ふてほど』と『虎に翼』をめぐる発言で、この2作について書く時は揚げ足をとられないようにすごく気をつけていたけど、そうやって意識していること自体が何か無意識の忖度が働いているようで、とにかく書いててしんどかったですね。