『葬送のフリーレン』から『魔王2099』へ “魔王討伐後”世界の新天地

 2023年から2024年にかけて放送されたアニメ『葬送のフリーレン』(以下、『フリーレン』)のヒットは、「勇者vs魔王」という構図が提示する壮大なドラマがすでに一般のものとなり、ひとつの「歴史」となったことを象徴している。また同時に、「勇者」なき世界という設定がひとつのジャンルとして新たに確立されつつあることをも示しているだろう。同作が描くのは壮大なドラマではなく、フリーレン一行の小さな「日常」である。魔王なき世界、そして勇者すら死んでしまったあとの世界でフリーレンは過去を、「魔王を倒す」という壮大な物語で歩んだ道を、今度は小さな物語としてたどり直す。

 こうした『フリーレン』のような「魔王討伐後」の作品を1つの系譜として捉えようとするとき、我々はもう少し時代を遡る必要がある。

 魔王が敗北したとしても、いや、したからこそ人々の平穏な日常は続いてゆく。それは言ってしまえば「物語」なき世界の物語であり、何気ない日常にこそ価値を見出す「日常系」の変奏でもある。絶対悪を倒し平穏を取り戻すという壮大な冒険譚はもはや意味を成さず、人々はその後の世界を生き続けている。

勇者と魔王の「その後」を描いた物語

 平穏がすっかり訪れてしまった世界のなかで、語られるべき物語を失った勇者と魔王はどのように生を歩むだろうか。勇者は対抗する魔王をうち滅ぼしたその瞬間に自身の存在意義を失調してしまうし、当然滅ぼされた魔王も本来の力能を著しく損なう。筆者がこのような「失調」の印象を強くいだくのは、2013年に放送された『勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。』(以下、『勇しぶ。』)、そして『はたらく魔王さま!』(以下、『魔王さま!』)の影響が大きい。『勇しぶ。』では勇者になろうとしていた主人公・ラウルが就職した先に、魔王の娘たるフィノが働きにくる。あるいは『魔王さま!』では、この世界へと迷い込んだ勇者・エミリアと魔王・サタンたちが生活のために労働にいそしむことになる。近年では『Lv.1魔王とワンルーム勇者』(以下、『ワンルーム勇者』)が近似していると言える。『ワンルーム勇者』では自堕落な生活を送る主人公・マックスのもとへ、復活した魔王がやってくる。このとき彼ら/彼女らに共通しているのは、やはり自身が本来持っている力能が意味をなさない「物語」なき世界で苦しみながらも生きているということだ。

 無論、魔王と勇者が本来の力を発揮し、迫りくる危機に立ち向かうこともある。しかしこのとき彼ら/彼女が志向するのは、どこまでも「日常」へ回帰することである。「勇者」と「魔王」はときに共闘しながら、彼らが包摂されている「日常」の堅持を目指す。『魔王さま!』の続編シリーズが9年の時を経て制作された近年、こうした傾向を持つ作品を1つの系譜としてまとめることは難しいことではない。彼ら/彼女らは自身の役割を復調させることではなく「日常」を継続させることを目指し、社会の中で揺蕩い続ける。

 このような「物語」のあとの物語は、ジャンル史的な見地から考えると視聴者の立ち位置とも符合する。勇者が悪をうち滅ぼす物語はもはや見知ったものなのであり、視聴者はあらかじめ他の作品を通してその結末を知っている。その意味で視聴者も「魔王」なき世界の日常を生きている。我々はいまや壮大な冒険譚よりも、その後の勇者や魔王たちの「日常」を、物語なき世界の「小さな物語」として希求してはいないか。

『葬送のフリーレン』から『魔王2099』へ

 この系譜のひとつの到達点として、やはり『フリーレン』の存在は大きい。というのも本作では、「魔王討伐後」の世界の日常をまなざす存在としてフリーレンがいるからだ。フェルンたちを見つめるフリーレンのまなざしには、「いま、ここ」にある日常を、その地点にいたるまでの過去から捉えかえす視線が重ねられている。フリーレンは「歴史」の象徴として、我々と作中の人物のあわいに位置付けられるのだ。それは視聴者とフリーレンの視点が同期できるということでもある。彼女を通してはじめて、「日常」の背後にかつてあったはずの「魔王討伐」という冒険譚は、過去として再び照らし出される。

 それは、彼女がエルフという人間の寿命から考えれば極めて長命な存在であるからこそ可能となるものだ。生成され続ける「物語」を総覧し、逆説的にその合間に宿る「小さな物語」へと目を向けるという視聴者のあり方は、作中においては「歴史」そのものとなりうるほどに長く生きている存在にその役目が与えられる。『フリーレン』と、ここで述べてきたようなそれに連なる系譜の達成とは、恐らくこの点にあるだろう。「魔王討伐」というジャンルへの視線そのものを作品に内在させること。それによって飽和してしまった物語を、「前提」として参照すること。フリーレンの存在は、そのような要請のもとに生まれてきてはいないだろうか。

 そう考えたとき、この系譜の新しい側面を描き出している作品が2024年10月から放送されているアニメ『魔王2099』だろう。本作冒頭で勇者・グラムに打倒された魔王・ベルトールは500年の時を経て復活するが、すでに魔王が支配していた世界はそれ自体が我々の世界と融合してしまっており存在しない。ベルトールは知名度とともに上がってゆくかつての力を取り戻すべく、現代において配信者として生活してゆく。他方でグラムもまた、魔王討伐の褒美に与えられた「不老」の祝福によって、勇者としての役割を失調したまま生き続けることになる。彼らはまさに、「物語」なき世界の中でさまよい続けている存在なのであり、この系譜に連なる作品であるといえる。

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