“負けヒロイン”が2024年のアニメシーンに与えた影響 『マケイン』『アオのハコ』から考察

2024年アニメシーンにおける“負けヒロイン”

 2024年のアニメシーンを総括するならば、いくつかのワードが挙げられるだろう。一つは「大ガールズバンド時代」である。具体的な作品は『ガールズバンドクライ』『きみの色』『ぼっち・ざ・ろっく!』の劇場総集編など。

 もう一つは「リメイク」ブームである。具体的には『らんま1/2』『うる星やつら』『るろうに剣心』などが挙げられる。ちなみに「リメイク」とは異なるが、『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』も再上映されており、この作品ももうある意味「リバイバル」の対象なのかと感慨深くならなくもない。

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 もちろんどのようなジャンル付けを行うかでいくらでも総括のしがいはあるだろう。しかし、いま話題にすべきなのは「負けヒロイン」についてである。具体的(直接的)には『負けヒロインが多すぎる!』と、(意外なことに)『アオのハコ』のことである。

 なぜなら『アオのハコ』のほうにこそ、「正当な」負けヒロインが登場するからだ。名を蝶野雛という。

 蝶野雛は主人公・猪股大喜の(中学からの)幼なじみとして登場する。しかし大喜はといえば、バスケ部の先輩・鹿野千夏にぞっこんである。雛はそんな大喜の千夏への恋心を目の当たりにして、やがて自身の大喜への思いを自覚してしまうのだった。

 雛は友人として大喜のそばにいるのに、いや近すぎるからこそ、恋愛対象としてのアプローチはぎこちない。第11話において雛は、意を決して大喜を花火大会に誘うも、大喜は2人で行くことになるとはまったく想定しない。結果的に成り行きで2人で訪れることになった花火大会だが、同エピソード内で多くの分量が割かれるのはむしろ、たまたま居合わせた千夏と大喜が2人で行動する時間である。そして千夏は、大喜が雛と2人で訪れていることを知ると、かすかな嫉妬心を抱くのだった。

 要するに雛は主人公と正ヒロインに対して、恋のキューピット的役割まで担わされてしまっている。あまりにも「負けヒロイン」である。

2024年の“敗北王”八奈見杏菜

 それに対して、「負けヒロイン」を自称してさえいる八奈見杏菜はどうか。

 八奈見は『負けヒロインが多すぎる!』の「ヒロイン」として登場する。アニメ版では物語開始時にファミレスで「幼なじみ」にフラれた直後、口と鼻の両穴からコーヒーを(目の前のテーブルを飛び越える勢いで)吹き出し、ヒロインにあるまじきギャグキャラぶりで2024年夏のネットミーム界を席巻した。

 そしてこのカットをわざわざマルチアングルで描くという謎の映像的こだわりも意義深い。映像コストをかけるべきなのは、恋が進展する特別な場面ではなくむしろくだらない日常のほうなのだという制作陣の熱意を受け取れるだろう(その意味で『アオのハコ』と対照的である)。

謝らないでよ...馬鹿...|アニメ『負けヒロインが多すぎる!』#1

 なお「八奈見杏菜ネットミームコレクション」において最大の人気シーンの一つといえば、第5話の「浮気だよ!!!」だ。声優を務める遠野ひかるの声の歪み方があまりにも激しく、かつ唐突であったためにミーム化した。このシーンの切り抜きがJR名古屋駅に流されていたことも記憶に新しい。

 いま思うとこのシーンは(冒頭のマルチアングルとは対照的に)定点アングルで描かれており、それゆえに音声情報としての遠野の演技が強調されていたのかもしれない。

 いずれにしてもこのように「負けヒロイン」であるはずの八奈見杏菜は、失恋の傷をたくましく乗り越え、毎日をおもしろおかしく過ごしている。その意味ではあまり「負けヒロイン」らしくない。

 むしろ2024年、最も「まっとうに」負けヒロインとして動いていたのは『アオのハコ』の蝶野雛のほうであり、八奈見杏菜は彼女に対して「負けヒロインらしさ」において「負け」ている。自称「プロ幼なじみ(負けヒロイン)」である八奈見杏菜は、それでいいのだろうか。

 もちろん一向に構わない。八奈見杏菜はあらゆる局面において敗北する。11月26日に発表された「このライトノベルがすごい!2025」において、原作の『負けヒロインが多すぎる!』は総合第1位、イラストレーター部門第1位、キャラクター男性部門を本作主人公の温水くんが第1位を獲得しているなか、キャラクター女性部門においてのみ八奈見杏菜は「堂々の」第2位に輝いた。

 つまり八奈見杏菜は敗北し続けることで、逆説的により徹底して「“負け”ヒロイン」になったのだ。正ヒロインに負け、賞レースに負け、そして「負けヒロイン」にすら負ける。敗北を知りすぎている大敗北時代の八奈見杏菜である。

 このような八奈見さんの奇跡的な負けヒロインぶりは、メディア横断的な視点(他作品との比較やSNSの反響、賞レースの趨勢を踏まえた視点)を設定したからこそより際立つ。より平たく言えば、リアルタイムでアニメシーンを追いかけていたからこそ楽しめるミームである。

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