『ブギウギ』3つの楽曲が解放した“自由”の心 淡谷のり子の実体験は特別なエピソードに
2023年の『第74回NHK紅白歌合戦』にNHK連続テレビ小説『ブギウギ』の影も形もなかったことが疑問だった。ヒロイン・スズ子(趣里)のモデルである笠置シヅ子はかつて紅白にも出場しているうえ、歌で人々を元気にするドラマ『ブギウギ』は『紅白』と好相性のはず。なのになぜ?
毎年、年末年始をまたいで放送中である、その年度の後期朝ドラは、撮影真っ最中のため、紅白参加の時間がとれないと言われている。だとすれば仕方ないのかもしれない。
代わりにすでに完結した『らんまん』の主題歌「愛の花」を、あいみょんが、神木隆之介と浜辺美波が応援するなかですてきに歌い上げていたから、それで十分満足でもあった。が、年明け、『ブギウギ』は、暮れの紅白に出なくても、『ブギウギ』らしい、ある意味歌合戦をドラマのなかで繰り広げたのである。
年明け、第14週「戦争とうた」では、3つの名曲が歌われた。第65話で李香蘭(昆夏美)の「夜来香ラプソディ」、第66話では茨田りつ子(菊地凛子)の「別れのブルース」、福来スズ子の「大空の弟」の3曲だ。
1945年の夏、戦争が激化しているなかで、羽鳥善一(草彅剛)は上海で、国策のための音楽会をやるように軍に命じられ、渋ったすえ、音楽は時勢にも場所にも縛られず、自由であることを示すことにする。その象徴が「夜来香ラプソディ」だった。
中国人の黎錦光(浩歌)が作った曲をアメリカのブギのリズムで編曲し李香蘭に歌わせることで、日本、中国、アメリカと国境を越えた音楽になった。華やかでのびやかな高音の歌には普遍性があり、お正月にもぴったりであった。
その頃、りつ子は、鹿児島の海軍基地に慰問に訪れていた。軍歌は性に合わないと歌うことを拒否するりつ子に軍人は閉口するが、戦地に向かう特攻隊員の若者たちが希望する歌を歌うことでその場は収まる。音楽会当日、若者たちが希望したのは、軍歌ではなく、敵性音楽として禁止されていた「別れのブルース」だった。
生きる力を与えるはずの歌を聴いて、戻れない道をゆく若者たちがいる。
「もう、思い残すことはありません」
「いい死に土産になります」
思わず舞台袖に駆け込んだりつ子さんでした…#菊地凛子#ブギウギ pic.twitter.com/OpOTNcUb2V— 朝ドラ「ブギウギ」公式 (@asadora_bk_nhk) January 4, 2024
悲しい別れの歌を聞きながら、心を鎮めていく若者たち。悔いなく戦いに身を投じる覚悟を決める彼らに、りつ子は涙する。彼女のモデルである淡谷のり子の実体験をもとにしたエピソードから生まれたこのくだりは観る者の胸をえぐる。
りつ子は、どんなに禁じられても、自分が良いと信じる歌や衣裳を捨てずに時代と戦ってきた。彼女の歌のおかげで、救われる人たちが実際にいる。だが、ひととき心が晴れるとはいえ、彼らの死を止める決定的な力が歌にはない。
歌(うた)とは何のためにあるのか。うたなんて無力なのだろうか。