ハリウッド映画はシリーズものしかウケない? 大人向け映画に“冬の時代”続く
9月29日~10月1日の北米映画興行は、2023年秋最初の激戦区となった。大人気アニメの映画版『パウ・パトロール ザ・マイティ・ムービー』、おなじみ『ソウ』シリーズの第10作『Saw X(原題)』、そして『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2017年)のギャレス・エドワーズ監督によるSF映画『ザ・クリエイター/創造者』などが一挙に公開を迎えたのだ。
しかし折り悪く、公開初日の金曜日(9月29日)にはアメリカ東部を「100年に1度」ともいわれる大雨が襲撃。国内興行の一大市場であるニューヨークでは非常事態宣言が発出され、地下鉄は運休になり、多くの映画館が休業となった。翌30日には営業が再開されたものの、週末の客足には少なくない影響が出たとみられている。
混乱・混戦の中、週末ランキングのNo.1に輝いたのは『パウ・パトロール ザ・マイティ・ムービー』。北米3989館という大規模公開で2300万ドルを稼ぎ出し、前作『パウ・パトロール ザ・ムービー』(2021年)の1314万ドルをはるかに上回るスタートとなった。観客の90%が親子連れだったというから、ファミリー層からの圧倒的人気が勝利の鍵を握ったことになる。
そもそも『パウ・パトロール』といえば、2013年の世界展開以来、累計140億ドル以上を売り上げる人気フランチャイズ。前作はコロナ禍のためParamount+での同時配信というハンデを背負ったが、全世界興行収入は1億4432万ドルというヒットを達成。本作もすでに海外45市場で2440万ドルを稼ぎ出し、世界興収は4740万ドルとなっている。製作費は3000万ドル(広報・宣伝費除く)のため、劇場公開だけで黒字化は確実だ。
今回の『パウ・パトロール ザ・マイティ・ムービー』では、リーダーのケント率いる子犬たちのチーム“パウ・パトロール”が、大都市アドベンチャー・シティに落ちてきた魔法の隕石の力によって、最強チーム“マイティ・パウ・パトロール”に変身。ところが、宿敵のライバール市長と科学者のヴィクトリアが彼らの力を奪おうと画策していた……。Rotten Tomatoesでは批評家スコア82%・観客スコア94%と評価も上々、シリーズ人気のみならず作品の完成度も保証されている。
声優陣はジェームズ・マースデン、クリスティン・ベル、マッケナ・グレイス、タラジ・P・ヘンソン、そしてキム・カーダシアン。全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)のストライキの影響を逃れたのは、やはりキャラクターの求心力が大きいTVアニメならではだろう。本国では続編の製作も決定済み、日本公開は12月15日だ。
ワンちゃんたちを追いかけてNo.2となったのが、『ソウ』シリーズの最新作『Saw X(原題)』。記念すべき10作目だが、時系列は第1作と第2作の間で、脳腫瘍の治療のためメキシコに向かった“ジグソウ”ことジョン・クレイマーが手術詐欺に遭い、詐欺師たちを死のゲームに誘う物語が描かれる。
週末3日間の成績は1800万ドルで、シリーズのオープニング記録こそ更新できなかったものの、近作ではトップの滑り出し。Rotten Tomatoesでは批評家スコア84%・観客スコア92%とシリーズ屈指の高評価となった。なんと、『ソウ』シリーズで批評家スコアが「フレッシュ」(60%以上)となったのは本作が初めて。劇場の出口調査に基づくCinemaScoreでも「B」評価と、賛否の分かれやすいスリラー/ホラー作品としてはかなりの好評である。
前評判がずば抜けて高かったため、『Saw X』は『パウ・パトロール』を超えることもありうる、週末興収2000万ドル超えも現実的だと考えられていた。残念ながら結果はそうならなかったものの、1300万ドルという抑えめの製作費を鑑みれば、こちらも黒字化は堅い。海外50市場では1130万ドルを記録し、世界興収は2930万ドルだ。
本作が優れた成績となったのも、『パウ・パトロール』と同じく、出演者ではなくシリーズに熱烈なファンが多いためだろう。テレビ・SNSなどのプロモーションで、シリーズの顔であるビリー人形を活躍させられたことも功を奏したとみられる。2週目以降の推移は未知数だが、評価の口コミ次第では思わぬ伸びを見せるかもしれない。日本公開は未定だ。
こうしたシリーズ作品に押され、『ザ・クリエイター/創造者』はやむなく第3位での発進となった。週末興収は1400万ドルだから、製作費8000万ドル(完成した作品のスケールからすると驚くべき低コストなのだが)の回収にはやや時間がかかりそうだ。オリジナル脚本による大人向けSF映画を、出演者不在のまま宣伝することの難しさがよくわかる。
人間対AI(人工知能)の戦争によってアメリカで核爆発が起こり、AIが厳しく規制された近未来の世界。元特殊部隊の男は、人類の脅威となる兵器の開発者を暗殺すべく“ニューアジア”に向かう。かつて現地での潜入捜査に従事していた彼は、亡き妻がまだ生きていると聞いてその姿を探すが、そこで出会ったのは超進化型AIの少女・アルフィーだった。
監督のギャレス・エドワーズは、大規模なセットやCGに頼らず、最小限の撮影クルーと世界各国でのロケ撮影を敢行。編集作業後にCG処理を行い、大幅なコスト削減に成功した。VFXアーティスト出身であるエドワーズが、『モンスターズ/地球外生命体』(2010年)からのゲリラ撮影スタイルを発展させ、演出的には『GODZILLA ゴジラ』(2014年)や『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』の蓄積を活かした、いわばキャリアの集大成である。
興行のポイントとなりそうなのは海外興収で、すでに48市場で1830万ドルを記録し、世界興収は3230万ドルとなった。Rotten Tomatoesでは批評家68%・観客78%、CinemaScoreでは「B+」評価で、SF映画ファンの熱い支持も得ているため、北米でも口コミ効果によるロングヒットを期待できるかもしれない。出演者はジョン・デヴィッド・ワシントン、渡辺謙、ジェンマ・チャン、アリソン・ジャネイほか。日本公開は10月20日で、エドワーズ監督の来日も決まっている。