ホロ苦さの残る青春映画 “ここから”を予感させる『ANORA アノーラ』の忘れがたいラスト

『ANORA アノーラ』はホロ苦さ残る青春映画

 エレクトリックダンスミュージック発、フォークソング着。『ANORA アノーラ』(2024年)は、そういう映画である。今年のアカデミー賞を大いに盛り上げた本作だが、その中身は非常に小規模で、ホロ苦さの残る青春映画だ。終盤では南こうせつの笑顔が夜空に浮かぶことだろう。

 ストリップクラブで働くアノーラ(マイキー・マディソン)は、ある日「ロシア語がちょっと話せるから」という理由で、ロシア人の客の相手をすることに。その男イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)は、なんとロシアの大富豪の御曹司だった。イヴァンはすっかりアノーラを気に入り、さらにアノーラも玉の輿に乗る気満々に。お互いグイグイ距離を縮めていき、遂にラスベガス旅行の際中に勢いで結婚してしまう。かくしてイヴァンの妻となったアノーラだが、どっこい世の中は難しいもの。イヴァンの両親が結婚をしって、ふたりを別れさせようと手下を送り込んでくる。愛の試練を前に奮闘することに……なるかと思いきや、イヴァンはアノーラを残してどっかに逃げてしまった。かくしてアノーラは、イヴァンの両親の手先たちと協力して、姿を消したイヴァンを探すことになるのだが……。

 本作の特徴は、何はなくとも登場人物たちだろう。まずは主人公のアノーラ。何事にもグイグイ行くし、ちゃっかりしていて、ブチギレる時にはブチギレる。それでいて、「若さ」ゆえの繊細さとフライング感もちゃんとあった。ストリッパーなのでセクシーなシーンも多いのだが、そこでの「『男が喜びそうなセクシーでワイルドな女性』を演じている女性」という絶妙なニュアンスがちゃんと出ていたし、ひとりになった時の少しだけ疲れている感じも、騒動が巻き起こってから見せるアクセルベタ踏みの哀しみのコメディエンヌっぷりもバッチリだ。演じたマイキー・マディソンは本作でアカデミー主演女優賞を獲ったが、それも納得である。そんなアノーラに惚れるイヴァンの絵に描いたようなバカ息子っぷりも、『イコライザー』(2014年)なら1秒で殺されそうで完璧。そしてイヴァンの手先であるイゴール(ユーリー・ボリソフ)の寡黙で強面なのに、時に滑稽で、それでいて不器用な優しさは持っているという、なんとも言えないキャラも見事だった。

 ショーン・ベイカー監督の演出も冴えている。前半は文字通りパーティー感が満載だ。アノーラが結婚するところでは、完全に「THE END」と出そうなシーンを用意するなど、意地の悪いところを見せる。そこからの大騒動では、アノーラのパワフルさを前面に強調し、ブラックコメディとして魅せつつ、終盤は急速にフォークソングが聞こえてきそうな、ホロ苦い世界へ映画を引っ張っていく。そして最も劇的なのはラストシーンである。大金持ちに惚れられて、とんでもない玉の輿に! という話に対して、あまりに厳しい現実を突きつけるわけだが……そこが単なる露悪に終わっていないのである。

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