足立正生が描ききった“逃走=闘争”のあまりに長く苛酷な道 『逃走』は現代人の心に響く

その笑顔は、70年代で時間が止まったまま、指名手配ポスターとして日本中の交番や街角に貼られていた。時代性を如実に感じるモノクロ写真のなかで、彼の表情が切ないほど活き活きとしていたせいか、きっともうこの世にはいないのだろう……勝手にそんなふうに思っていた。
だが、事実はまるで違った。彼は内田洋という偽名を使って49年間も市井に紛れ、ひそかに生きのびていた。そして末期がんを患い、死ぬ直前になって自らの正体を世間に公表した。2024年1月のことである。このニュースを見たときの正直な感想は「生きてたんだ!」という小さな嬉しさと、「この国でそんなに長いこと逃げ続けられるのか」という大きな驚きだった。

極左グループ「東アジア反日武装戦線」の一員として、連続企業爆破事件に関わった桐島聡は、こうして強烈なインパクトを全国民に残して世を去った。その想像を絶する逃走の日々を、ある孤独な闘争の軌跡として描いたのが、足立正生監督の映画『逃走』である。
足立監督自身、日本赤軍のメンバーとして国際指名手配された経験を持つ。しかし、両者の生き方はむしろ正反対だったと監督は語る。片や日本を飛び出して海外に活動の場を求め、片や日本国内の片隅に身を隠して“沈黙の戦い”を己に課した男の生きざまは、確かに大きく異なるものだ。しかし、革命への情熱、そして活動家としての無念といった部分では、共振するところもある。『逃走』にはそんな2人の共通点も鮮やかに映し出されている。

映画は桐島聡の数奇な人生を、綿密なリサーチに基づき、さらに足立監督のイマジネーションもふんだんに投入しながら描いていく。前半では、『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』(2024年)の杉田雷麟が青年時代の桐島を演じ、生身のキャラクターとして“あの笑顔”の面影を体現する。『青春ジャック』同様、若者特有の思いつめたような生真面目さがよく似合う。
警察に追われ、潜伏生活を始めた桐島は、行く先々でさまざまな出会いを経験する。市井の人々の良心に触れ、労働と生活という日常の基礎に触れていく過程が感動的だ。それは、「なぜ半世紀近くにもわたる逃亡生活が可能だったのか?」という最大の疑問に対する答えのひとつでもあり、桐島自身の実直な人柄が呼び寄せたものでもあったという。思想信条にかかわらず、きっと多くの観客が「世の中、捨てたもんじゃないな」という思いに駆られるのではないだろうか。桐島と交流を持つ人々を演じた助演陣の顔ぶれも粒揃いだが、なかでも工務店のおしゃべりな事務担当に扮した足立智充の好演が光る。