『フィールド・オブ・ドリームス』『マネーボール』など 映画から学ぶメジャーリーグ事情

早くも2025年の四半期が終わり、新年度(4月)が始まる。この時期になると、ある競技の長いシーズンが始まる。
野球である。野球は他の競技と比べ、年間の試合数が桁違いに多い。サッカーのイングリッシュ・プレミアリーグは1シーズンで計46試合、バスケのNBAは82試合だが、世界最高峰のプロ野球リーグ、メジャーリーグベースボール(MLB)は年間162試合である。加えてレギュラーシーズンが閉幕すると1カ月近い期間をかけてワールドチャンピオンを争うプレーオフが始まる。こんなに長期間にわたってシーズンを楽しめるプロ競技は他にない。
2025年のMLBの本格的な開幕は3月27日(日本時間3月28日)だが、先だって東京で3月18日、3月19日にロサンゼルス・ドジャースとシカゴ・カブスの開幕シリーズが実施される。今年の野球ファンのシーズンはさらに長くなりそうである。
今回は野球の母国であり、映画大国でもあるアメリカのMLB事情について学べる映画を紹介していく。
『フィールド・オブ・ドリームス』(1989年)/野球の神秘、伝説
ネットで時折見るたとえなのだが、「アメリカ人にとっての野球は日本人にとっての大相撲」にあたるらしい。確かにMLBと大相撲にはいくつか共通点がある。
まず両者とも、その国の主要なプロスポーツで最も歴史が古い。職業相撲は江戸時代にすでに行われていた。日本では新興の部類に入るJリーグ、Bリーグはもちろん、プロ野球ですら相撲に比べれば「新参者」である。NFL(アメリカンフットボール)はアメリカ国内で圧倒的な人気を誇るが、創立は1920年。アメリカよりもカナダで人気のあるNHL(アイスホッケー)は1917-1918シーズンが初開催、最も国際的な人気の高いNBAは1946年-1947年シーズンが初開催である。MLBの創設は1903年、1リーグ制だった時代(ナショナルリーグの創設)まで遡ると1876年である。歴史という側面に限ってはNFL、NBA、NHLは遠く及ばない。
他の競技に押されてシェアを失いつつあるのも共通する。大相撲もMLBもファンの年齢層が高く、中高年がメイン層だ。
相撲には奉納相撲という神事としての側面があるが、アメリカの野球にも神秘的な要素が見られる。ベーブ・ルースの伝説(長年レッドソックスがワールドチャンピオンになれなかった理由とされる「バンビーノの呪い」や「予告ホームラン」)、シカゴ・カブスを100年以上ワールドチャンピオンから遠ざけていた「ビリー・ゴートの呪い」など、これらの古くから語り継がれてきた野球の伝説は神秘的ですらある。江戸時代の力士、雷電爲右エ門は実在がはっきりしている歴史上の人物だが、数々の逸話を持つ神秘的な存在でもある。雷電は『終末のワルキューレ』で、シヴァ(ヒンドゥー教の神)とタイマンしていたが、このマッチアップは雷電に神秘的なイメージがあるからこそ成り立つ設定であろう。ベーブ・ルースも実在がはっきりしている歴史上の人物だが数々の逸話を持ち、「野球の神様」と呼ばれる。イメージが重なる。
『フィールド・オブ・ドリームス』はスピリチュアルな要素を多分に含んでいるが、取り上げた競技が歴史が深く数多くの伝説を持ち、神秘的なイメージを伴う野球でなければ雰囲気が出なかっただろう。『ナチュラル』(1984年)もスピリチュアルな要素を含むが、このような物語は競技が野球でなければやはり雰囲気が出なかったはずだ。
『42 ~世界を変えた男~』(2013年)/人種の壁
「背番号42」は日米で扱いが全く違う番号だ。日本では語呂の悪さ(42=シニと読めて縁起が悪い)から敬遠されるが、アメリカではMLBの歴史における伝説、ジャッキー・ロビンソンの番号で全球団共通の永久欠番である。『42 ~世界を変えた男~』はロビンソン(早世したチャドウィック・ボーズマンが演じている)のデビューからMLBでの成功までを描いている。
MLBでは長きにわたり、有色人種の選手がプレーを許されなかった。黒人選手はニグロリーグでプレーするのが普通で、ロビンソンはニグロリーグのチームからMLBのチームに引き抜かれた第一号の選手である。ロビンソンは純然たる成績だけなら殿堂入りラインには及ばなかったが、栄誉の野球殿堂入りを果たしている。悪名高いジム・クロウ法が公然と実施されていた時代に、数々の嫌がらせを受けながら成績を残し、後の黒人選手たちへの道を拓いた歴史的意義は評価されるべきだろう。ロビンソンのメジャーデビュー50年目となる1997年4月15日には42番が全球団で永久欠番に制定された(ただし、それ以前から42番を着けていた選手は継続的に42番をつけた。ニューヨーク・ヤンキースのマリアノ・リベラは引退後に満票殿堂入りを達成し、ヤンキースでは42番はロビンソンとリベラの番号として永久欠番扱いになっている)。現在では年1回、4月15日のみ希望する選手は42番をつけることができる。NPBに来る外国人選手に背番号42番を希望する選手が多いのはこういった事情からである。
現在のMLBの選手にアメリカ人の黒人は少数だ。ムーキー・ベッツなど一部大物選手はいるが、アメリカ人の黒人アスリートはバスケ、アメフトの方がはるかに多い。そちらに才能が行っているのだろう。だが、ラテンアメリカ諸国出身のアフリカ系ラティーノの選手は多い。特に野球大国のドミニカ共和国、キューバはアフリカ系の割合が高く、現役選手だとブラディミール・ゲレーロ・ジュニア、エリー・デラクルーズ、アロルディス・チャップマンなどがいる。
『メジャーリーグ』(1989年)/負けるのもビジネス
映画『メジャーリーグ』はチームの低迷を理由に本拠地を移転しようとするオーナーの目論見から物語がはじまる。
本拠地の移転はMLBの歴史でもたびたび起きてきた。ロサンゼルス・ドジャースとサンフランシスコ・ジャイアンツは西海岸を代表する名門チームだが、この2チームはもともとどちらもニューヨークに拠点を置いていた。アトランタ・ブレーブスは創設当初ボストンに本拠地を置いていたが、その後、ミルウォーキー時代を経てアトランタに移転している。21世紀以降に限っても2球団が本拠地を移転している。モントリオール・エクスポズはワシントンに移転し、ワシントン・ナショナルズに名称も変更された。オークランド・アスレチックスは2024年を最後にオークランドを去り、2028年からはラスベガスに本拠地を置く。それまでは暫定措置としてサクラメントに仮移転し、新しい本拠地球場ができるまでは本拠地名を伴わない「アスレチックス」を名乗る。
映画の劇中ではわざと負けて観客動員数を減らすことで移転を認めさせるということになっていたが、現実は少し違い、本拠地移転は全30球団のオーナーの4分の3以上の同意が得られれば容認される。人気チームのドジャーズ、ジャイアンツは事情が違うが、エクスポズとアスレチックスの移転は低調な観客動員も理由の一つだった。映画のクリーヴランド・インディアンズ(現在は改称してクリーブランド・ガーディアンズ)のようにわざと弱いチームを作って成績を低迷させ、結果的に観客動員も低迷させれば、移籍を容認させる根拠になり得る。『メジャーリーグ』の設定は基本的に虚構だが、虚構の中にリアルを混ぜているといったところだろうか。
また、映画劇中の事情とは異なった理由で現実にもチームをわざと弱体化させる戦略が取られることがある。毎年、トレードデッドラインの7月末になると、低迷するチームは主力選手をトレードで放出する「ファイアーセール」を行う。これには「主力選手を放出し、数年後を見据えてトレードで有望な若手選手を複数獲得する」という重要な意味がある。アスレチックス、マイアミ・マーリンズ、タンパベイ・レイズなどスモールマーケットのチームは大物選手の獲得より、自前で選手を育てることがチーム強化にとって重要な戦略になる。こういったチームは主力選手がフリーエージェント(FA)になっても、クオリファイング・オファー(QO)をとりあえず提示はするが積極的には引き止めない。
シーズンの成績が低迷したチームはドラフトで上位指名権が得られる。FAで主力選手が流出したチームはドラフトで補完指名権を得る。育成に賭けるチームにとってはチームを一時的に弱体化させるのも立派な戦略であり、「負けるが勝ち」の側面があるのだ。
これは昇格、降格のないクローズドリーグでしか取れない戦略である。入れ替えのある欧州サッカーでは、低迷したチームは2部リーグ降格を避けるためむしろ戦力の強化に走るが、MLBでは徹底的なチームの解体を実行して翌年以降に賭けるのだ。負けるのもビジネスなのである。